サイクルボランティア・ジャパン

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「近鉄電車サイクルトレイン」ボランティア体験記

                        CVJ関西支部 浦川勝己
「いつもの自転車で秋の吉野をサイクリング!サイクルトレインツアー」と銘打ち、11月23日、近鉄と奈良県が主催で4両編成の貸し切り電車を走らせ、自転車を輪行袋に入れずそのままの状態で近鉄阿部野橋駅と橿原神宮駅からそれぞれ電車に乗り、目的地の吉野駅から津風呂湖まで片道8キロをサイクリングし、現地で「津風呂湖紅葉祭り」を楽しむというイベントが行なわれました。



前日の雨がウソのような好天の下、80人(募集定員が締め切りを待たずにいっぱいになった)が、それぞれ自転車を持ち込み、秋の紅葉をめでながらのサイクリングを楽しみました。
CVJでは、近鉄側から正式に「自転車の整備と伴走の任を」と依頼を受け、ボランティアとして、5名が参加協力をしました。
 前日の「CVJ関西ミーティング」で打ち合わせを行い、竹沢代表・瀬戸副代表・大島副代表・藤田さん・浦川がボランティアとして参加しました。
 近鉄大阪阿部野橋駅に50人の参加者が集合し、9:00発の4両編成の臨時列車に乗り込み出発。
 途中、橿原神宮前駅より30人が乗車し、10:42に吉野駅に到着。
ロードレーサー・マウンテンバイク・ミニベロ・リカンベント・折りたたみ自転車・実用車(ママチャリ)等々、いろいろな自転車に乗り、小学生から70歳ぐらいの方が参加されました。


 現地到着後、参加者が一同に介し、最初に京都マウンテンバイク協会の方からの安全講習。次に、CVJの紹介と瀬戸副代表による自転車整備についての説明の後、11時20分ごろ、大島副代表と私(浦川)が先導役で吉野駅をいざ出発。
 元競輪選手の血が騒ぎ、ついハイテンションになりスピードが上がり、何度も大島さんから「速過ぎるよ」と後ろから声がかかる始末、実用車の高齢の方がおられるのを忘れ、ついスピードが出てしまい、安全に誘導することが一番ということを改めて自身に言い聞かせつつ先導し、午前の津風呂湖までの8kmが終了。

津風呂湖、直前の1kmほどの登りは、けっこうダラダラと続き、実用車や女性にはつらそうでした。レンタバイクの瀬戸さんも降りて歩かれたとか…。8kmで物足りない人は近辺の走行、少しもどって温泉に入る方、展望台に登る方、昼食にとそれぞれ時間を過ごし、13:00より津風呂湖紅葉まつり、ヘラブナの稚魚の放流。13:30より「餅まき」を楽しみ、14:00前に往路とは別の道でゴールの吉野駅をめざし個々に出発。
 帰りは最後尾を伴走しましたが、登り・下り・登りがあり、行きと同じく、実用車の女性がつらそうに乗ったり押したりし、最後には伴走車に声をかけられ車に乗ってしまわれました。下見をせずの参加でしたので、コースが十分に把握できておらず、ゴール目前ということがわかっていたら、励まして一緒に歩いてでもゴールできたのにと、とても残念でした。その女性はつらさを味わったけれど、達成感はあじわえず・・・ほんとうに心残りです。
 でも、天候に恵まれ、事故なく無事終了。
参加賞に地場産の有機野菜をいただき(CVJメンバーは参加費無料)、帰りの電車出発まで、自転車好きが集まって会談あり、土産を買う人あり、焼き餅・ソフトクリームを食べる人ありと楽しく過ごし、15:33吉野駅発の帰りの電車に乗車。



17時33分、終着の阿倍野橋駅に到着・解散しました。個人的にたくさんの自転車好きに知り合えて有意義な一日をおくることができ、主催者に感謝の気持ちでいっぱいです。
 自転車の普及、エコにもつながり、人との出会いもできて良いことずくめ、なかなか良い企画と感じましたので、今後、他の電鉄会社も同様の企画をしていただければと願ってやみません。
 反省点としては、申し入れから当日までの期間が短く、事前の準備が少し足りなくコースが把握できていなかったので、分岐点で止まって地図を確認することがあったり、励ましの声かけができなかったこと。自転車整備状況の確認は受付時に行った方がスムーズだったかなということ。
 80名参加されたので初級者・中上級者のコース・クラス分けがあってもいいかなといったことを今後の反省として感じました。
 最後に竹沢様・瀬戸様・大島様・藤田様、お疲れ様でした。
 <追伸>
 これからも、CVJとして、いろいろなイベントの協力をしていきたいと思いますので、
時間の都合のつく方は参加協力よろしくお願いいたします。

2009年11 月27日(金) カテゴリー: 会員活動報告

ツール・ド・おきなわ「伊平屋島」

沖縄・那覇在住の中村です。
2009年11月7日から8日にかけておこなわれた、ツール・ド・おきなわ 離島コース「伊平屋島」のサイクリングリーダーを務めました。
写真ともども詳細なレポートを書きましたのでごらんください。
シクロワイアードというサイクリングページに投稿したものです。
タイトルは「和み体験いっぱい 離島サイクリングにめんそ~れ♪」です。
写真を2枚紹介します。

名護市民会館のスタート風景


伊平屋島サイクリングのスタートです。

ゆたしく。

2009年11 月23日(月) カテゴリー: 会員活動報告

武庫川タンデムサイクリング(2009/11/08)ボランティア体験記

CVJより参加した2名からの報告です。

大島副代表報告
これほどたくさんのタンデム自転車が一同に集められたのをご覧になったことがあるでしょうか。

今年も晴天の下「兵庫タンデムサイクリングを楽しむ会」が、兵庫県西宮市の武庫川河川敷で行なわれました。これは「視覚障害」をもった方々にタンデムの後部座席に乗っていただき、「健常」者がパイロットとして前部でハンドルを握り、自転車の楽しさを体験していただくというイベントです。昨年は西川・大島がボランティアとして参加しましたが、今年は浦川、加藤、大島の3人が参加し、CVJのビラまきやイベントのお手伝いをしました。


<左から大島、浦川、加藤のCVJメンバー>

特に浦川さんは今年、実行委員として事前から関わり、CVJのことを宣伝したり、当日は30年間のプロの競輪選手としての脚力を十分に発揮してパイロットの先導役として大きな活躍をしてくださいました。加藤さんはパイロット、大島は沿道警備の役割で大会に協力させていただきました。

<走行中の浦川、加藤>

今年は、「視覚障害」をもつ方42名に対し、42台のタンデムとパイロット(前のシートに乗る人)が用意され、受付、昼食係、沿道警備などを含め、総勢150名もの参加の大きなイベントとなりました。
また、肢体不自由の参加者のためには車イスに取り付け可能な「ハンドサイクル」が2台用意され、車イス対応の仮設トイレが設置されるなど、温かい思いやりに満ちたイベントでもありました。

写真<ハンドサイクル>

さらに、当日はいろいろな場面で、「障害」をもった方、パイロットのメンバーと交流の場をもち、来年の「小豆島イベント」への参加を多くの方に検討していただくなど、実りある一日となりました。
大島政廣。

加藤吉和 報告
初めて投稿します。2009年の「しまなみイベント」に参加し、その後会員にさせていただきました。今回初めて、このようなイベントにCVJの会員としてTシャツを着て参加しました。そこで、『これからも頑張れよ!』って神様が素敵な体験をさせてくれましたのでご報告します。

私がペアを組んだSさんは、左目は全く光を感じなく、右目は暗いか明るいかの判断が出来る程度、しかも普段から運動不足で体重は90kgを超える方で、自転車には不安を感じられているようでした。ご一緒に参加された奥様(弱視)に「強引に連れてこられた」と少し愚痴っておられました。
重心が低く、ハンドル位置の高いタイプの自転車が当たったので、「スピードも出ませんから、ゆっくり行きましょう」と話して走りはじめました。暫く走っていると「うわぁ~気持ちいい、何年ぶりだろう、こんな気分になったのは・・・」と言われ、そこから饒舌に話し始められました。

実は子どもの頃、自転車が大好きだったこと…。20歳の頃、未だ右目は弱視だったので公園で自転車に乗ろうと挑戦して、ダメだったこと…。それ以来30年振りの自転車だと言うこと・・・。
そして、「本当は今日、自転車に乗るのは怖かったんです。」と話し始められました。「実は、僕の目が見えなくなったのは、自転車が原因だったんです。」と言うのです。ええっと聞き返すと「8歳の誕生日に、当時は珍しかった変速機付きの子供用自転車を買って貰い、嬉しくて、嬉しくって、毎日乗っていて、それが自慢でみんなに見せびらかしていたんです…。で、ある日下り坂を颯爽と走っていたんですが、ブレーキが利かずにガードレールを突き抜けて15m下に落下、3日間意識不明が続き、一命を取り留めたのですが左目の視力を失ったんです。」
そして右目は視力0.1有ったのですが、近い将来失明します。と言われたそうです。
長い入院生活を終え、リハビリが一段落したときに、将来のことを考えて盲学校に転校したそうです。自宅近くになかったため、名古屋の盲学校で寮生活を送ることになったそうです。当時、小学3年生のSさんは毎日母親が恋しくて泣いていたそうです。中学卒業まで7年間の寮生活を送ったそうですが、なんで僕がこんな目に遭うんだろう、生きていても意味があるのか?と思い続けて、あのとき自転車に乗っていなければ・・・自転車さえなければ・・・等と思ったそうです。
ご両親も、「あの時、自転車を買い与えなければ、こんな人生を歩ませずにすんだのに・・・」と、よくご夫婦で嘆いているのを聞いた事を、子ども心に覚えているそうです。

そんなトラウマがあって躊躇していたらしいのですが、「今日であの頃に戻れた気がします。「先日、50歳の誕生日で、・・・あれから丁度42年経ったんですよね、・・・あの事故に遭う直前も山の中を走っていて最高の気分だったんですよ、・・・今日も紅葉とかが綺麗でしょうね?」
「はい、今日は天気が良いので武庫川の川面もキラキラしていて、河原の桜が紅葉していて、大きな松の木の緑と相まって、青空と六甲山系の山並みがとっても美しいですよ・・・」って応えました。
国道2号線の橋の下を通るときには、「空気が変わった…。冷やっとして気持ちいいですね。」「いい匂いがしますね…。どこかでバーベキューしていますね…。」等と、ずぅ~と話し続けて走りました。1周回8kmの予定が、2週回16kmに変更し、しかも1時間以上掛けてゆっくり話しながら走りました。

自転車を降りたときに「42年前の今頃は、僕はベッドの上で不安と戦っていました、そしてそれを引きずって来たような気がします。でも、今日とてもいい気分で自転車に乗れて幸せでした。」と手を握られました。
私は不覚にも目頭が熱くなってしまいました。そしてとても幸せな気分になりました。

私ごとき人間が、たった1時間ペダルを踏んだだけで、一人のハンデある人に幸せを感じてもらえるなんて『自転車って凄い力があるんだな!』って心底感じました。今回は、フラットな河川敷のサイクリングロードでしたが、起伏に富んだコースでしたら私の実力では無理です。
自転車素人の私が、スーパーサイクリストの集まりであるCVJの会員になるなんて…。最初、大島さんにお誘いを受けたときには「イベントボランティアだけで、会員は無理です。」と断ったんですが、再度お奨めを戴いて、会員にさせていただきました。でも良かったと思います。
今後、53歳の身体に鞭打って技術を付けて行きたいと思います(代表の年齢まで走れるように・・・)。

長々と書き込んでしまいましたが、今回の経験で『自転車を自在に扱う』皆様を益々尊敬いたしました。
今後とも宜しくお願いいたします。そして自転車の話、色々お聞かせ下さい。
加藤吉和

2009年11 月11日(水) カテゴリー: 会員活動報告

「自転車ツーリング ビギナーズ」発刊

瀬戸圭祐 副代表が本を出しました。

YAESU MEDIAMOOK No.227
自転車ツーリング ビギナーズ  時速20kmの旅を楽しむノウハウ満載

好評のビギナーズシリーズ第5弾、『自転車ツーリング ビギナーズ』(サイクルボランティアジャパン 瀬戸圭祐 著)。
自転車旅行は“時速20kmで楽しむ旅”。その魅力を紹介し、これから自転車旅行を始める人に実践ノウハウをガイドするムックです。

巻頭企画は、しまなみ海道&安芸灘とびしま海道の大周遊コースをガイドした「西瀬戸の“海上回廊” 」と、車種別に42モデルを掲載した「ツーリング向きスポーツサイクルカタログ」。

全9章の本文は、自転車ツーリングへの誘いとノウハウの紹介。次のような内容です。
第1章・自転車という乗り物の特徴とツーリングの魅力、
第2章・ツーリングに向いた自転車の種類と選び方、
第3章・旅を快適にする用品類、携行品、専用ウエア、
第4章・コースプランニングと情報収集は旅の楽しみ、
第5章・ツーリングの実践ノウハウと走行時の留意点、
第6章・分解して運搬する“輪行”で行動半径を広げる、
第7章・ペダリングとライディング・テクニックの基本、
第8章・最低知っておきたい応急修理法とサバイバル術、
第9章・エンジンである体のケアとトラブル対処法。
巻末には「特選ツーリング25コースガイド」を掲載。

発行 2009/7/15
本体:1,400 円/税込:1,470 円

2009年8 月23日(日) カテゴリー: 会員活動報告

秩父バイクトレインツアーにボランティアスタッフとして参加


初夏の緑あふれる秩父の里山をのんびりと楽しみました

6月6日、秩父まで輪行して走るバイクトレインツアーのお手伝いに行ってきました。

当日は朝から生憎の、結構激しい雨模様。それでもキャンセルなく参加された方々がいらっしゃったのが実は結構驚きでもあり嬉しくもありました。年齢、自転車の経験など、さまざまな方々が参加されていましたが、純粋に自転車に乗ることを楽しみたい、自転車の楽しさを知りたい、そんな方々が多かったなと思います。

スタートを若干遅らせての実施でしたが、わずかに雨に濡れたこの季節の木々の緑はみずみずしくとてもきれいでした。午後には雨もあがって晴れ間も見え、事故もなくさわやかな初夏のランと、秩父のおいしいおそばを楽しむことができました。

私たちの主な役割は伴走と輪行のお手伝い。実を言えば、私自身輪行は久しぶりでした。最初は「人の自転車を勝手に、っていいのかな?」って不安でした。でもとりあえずなんやかやとお手伝いをしているうちに、「ショップスタッフさん?」とか間違われたりもして、なんだかちょっと嬉しい気分に。

もちろん技能は本当のショップスタッフさんにはまったくかないません。やはりプロの輪行は作業手順も仕上がりもとても美しいのです。ですが、たぶんともかくなんやかやと動いていたら,お客さんが笑顔になってくれたのかな、ってそんな気がしました。

ボランティアだからとあんまりあれこれと難しく考えすぎず、今目の前にある、自分にできることを粛々とやっていく,そんなことが大切なのかも知れないな、そう思いました。

当日は企画されたスタッフの方が、CVJのチラシを参加された方々から関係者の方々まで配布してくださいました。ありがとうございました。

参加された皆様、企画してくださった方々、お手伝いのお声をかけてくださった松坂さん、久しぶりに自転車を楽しむ方々とふれあえる貴重な機会を与えてくださり、ありがとうございました。


堤高さ156メートルの浦山ダム内部から自転車ごとエスカレーターで堤防上部へ


そば畑に囲まれながら、そば会席の昼食をお腹いっぱいいただきました

ツアーの詳細なレポートが以下のページにアップされていますので、よろしければご覧くださいませ。

秩父市役所観光課のブログ

小径車 DAHONのオフィシャルブログ

CVJ/佐々木 記

2009年6 月10日(水) カテゴリー: 会員活動報告

岸和田競輪場参観記

CVJ副代表の大島が、この度CVJの会員になられた元競輪選手・浦川勝己さんの案内で岸和田競輪場の見学に行ってきました。通常は入れない競輪場の裏の様子をレポートします。
<駐車場>
浦川さんの車で競輪場に行き、駐車したところは競輪場の向かい側にある選手宿泊所内にある「出場選手 専用駐車場」。BMW,ベンツ(浦川さんの車も)、フォルクスワーゲンなど外車がずらり。選手でゲンをかつがれているのか、ちょっと見ただけでもナンバー プレートが「・・・1」の車を3台も見ました。
<場内>
まず 「管理室」で「入場証」をもらい、選手がくつろいでおられる控え室、出場前に全選手の自転車をチェックする検査室、医務室、食堂、翌日のコース枠を決める 番組編成室、自転車保管室兼トレーニング室など観覧席の下などに設けられている施設を次々と案内していただきました。
送信者 大島副代表・岸和田競輪場参観レポート
<競輪観戦>
一般の人が通常立ち入れない「記者席」、「選手専用観覧室」、「招待者ルーム」などで1Rから9Rまで、真剣なプロのレースを見させていただくことができました。
<出場選手との間近の触れ合い>
レー スごとに出場バイクの並べられた「準備室」では出走のためバイクを押して、場内へ出ていかれる場面、ゴールされて帰って来られた姿、出走後足にぬったオイルを 落としたり、レース服を洗濯籠に戻しておられる姿。まだレース前の選手は、ローラーに乗ったり、ストレッチでアップされている息づかい、バイク整備 を真剣にされている姿など真横で拝見することができました。
<誘導員室>
レースがスタート後、打鐘まで3周半選手を先頭で引っ張る「誘導員室」にも入らせてもらい、誘導員 (現役の競輪選手が務めておられる)の方と交流させていただいたり、レースを誘導するためにバンクに出ていかれる姿を見送ったりしたのですが、ここでは1 枚の紙(当日1Rの記録表)をいただき、これがプロの走りの 世界である競輪かということを垣間見ました。
そこにはレースを先導するにあたって1周目は400m(バンク1周の距離) を47秒、2周目は42秒、3周目は40秒、残りの半周は1周32秒ペースでという指示書類があり、その下の行には実際何秒で誘導したのかというタイム、 その下に目標タイムとの誤差が記録されているのですが、400mの距離をプロが体で 覚えているというのは当然のこととはいえ、1~3周目の誤差がそれぞれ-0・8秒、+0・3秒、-0・4秒しか違わないことに驚くと共に、競輪がここまで管理さ れたスポーツ(書類の最後に審判員の名前が書かれ押印されている)なのだということに感嘆させられました。
送信者 大島副代表・岸和田競輪場参観レポート
<浦川さんのすごさ>
く つろいで上半身裸の選手もおられたのですが、一人ひとりの顔は異なるものの全員の足は異様に太く、ボディビルダーのような肉体はお寺の入り口に立っている 「仁王像」が闊歩しているような姿そのものので、そうした選手(出走表を見ると肺活量が出ているのですが何と6000ccを超える選手が何人もおられる)の間を あ ちこち見て歩き回ったのですが、よく30年間も肉体超人の集まりであるこのような勝負の世界で生きてこられたなあと感心すると共に、ほんとうにすごいこと だと思いました。
<多くの出会い>
CVJ名刺を7枚ほど持っていったのですが、浦川さんの30年にも及ぶ競輪選手としての積み上げはすごいもので、多くの選手、競輪場関係者、新聞記者の方から次々と声をかけられ、その都度名刺をお渡ししているとあっという間になくなってしまいました。
もらった名刺も競輪場関係者をはじめ、報道関係者、日本競輪選手会大阪支部会長など
多くの出会いがありました。
<最後に>
競輪選手の体を見ても思ったのですが、自転車は自分の足の力でこいで進む乗り物だという当たり前のことを改めて実感しました。
競輪の世界には、その乗り物をもっとも早く動かすための極限としての人間の姿を見たという思いです。
「しまなみ海道」イベントでは、浦川さんの競輪生活の一面をビデオ・DVDで見せていただくことになっております。
以上、大島政広の報告でした。

2009年5 月10日(日) カテゴリー: 会員活動報告

メルボルンの雑感2009

2009年の2月初旬、9日間という短期間ですがオーストラリアで気ままなサイクリングのひとときを楽しみました。
今回はメルボルンを基点に、近隣を自転車で走り回りました。遠出は1日のみで、モーニントン半島へオーストラリア人の知人に車に乗せてもらって行き、海水浴を楽しみました。
それではメルボルンの自転車環境についてご紹介しましょう。

車道の側道(標識のポールと白い破線の間)が日本でいう「バス専用道路」ならぬ「自転車専用道路」として位置づけられています。

電柱にとりつけられたサインボードは、それぞれ同じ通りの反対車線にあったものですが、 左の写真「郊外からメルボルン市内へ向かう方向」は平日午前の通勤時間帯が自転車専用レーンに。右の写真「郊外へ向かう方向」は平日夕方が自転車専用レーンとなります。



その他、メルボルンで実際走ったところの「自転車専用道」の写真を2枚紹介しますが、クリーク沿い・車道の下側など景色のよいコース(歩道・自転車兼用)がたくさん設けられていました。また、こうした市内、郊外用のサイクリング道路マップが作られ、案内所で手に入れることができました。
こんなに景色のいい専用コースがいっぱいあれば自転車で走ってみたい、あるいは楽しみたいという人も増えるし、自転車を楽しむ人が増えればこうした「専用コース」や「自転車優先道路」などの自転車振興施策の整備もさらに進むというとてもいい見本だと改めて実感して帰国しました。

CVJでは 関東でサイクリング普及活動が定期的に行われていますし、関西でも4月に第1回目が計画されています。
以前竹沢代表が「国民総サイクリスト構想」ということばを使っておられましたが、サイクリング普及活動の大切さを実感してきました。

メルボルンでは、ともに世界を走っているシール・エミコさんの夫君スティーブ・シールさんの知人で、前回の訪問でも娘共々3泊させてもらったPaulさん宅と彼が収集しているビンテージバイクコレクション倉庫を短時間でしたが今回も訪れ旧交を温めました。
いくつか写真を紹介しますが、コレクションは貴重な自転車だけでも数百点、細かな自転車に関するグッズを含めると数千点にも及びます。


自転車は1860年代のものから集められ、木製、チェーンのないものからあるものへの自転車の変遷、各国の軍隊で使用されたもの、二人・三人乗りのもの、4輪で線路を走るものなど自転車の歴史に興味ある方であれば数日いてもあきない垂涎のコレクションです。
公道でビンテージバイクに乗せていただきました。

大島政広

2009年2 月18日(水) カテゴリー: 会員活動報告

アイスランド紀行2008

 先日戦闘があったグルジアを昨年走ったが、その時アイスランド人のサイクリスト、ジョンさんに出会った。次に何処を走るか決まっていないなら、アイスランドに来ないか?と言われ、彼の国を1周(約1500キロ)する事にした。
寒い国である。普通に走れるのは当然夏の間の短い期間のみだが、それでも雪が降る事もあるから準備は十分するようにと言われた。

6月30日夜11時、ほとんど白夜のため、まだ日が落ちぬレイキャビク空港着。ジョンさんが迎えてくれ、夕焼けの街に向かう。2時ごろ寝たが中々暗くならずまだ夕焼けは残っていた。
 初日は街とその周辺を案内してもらった。この国は本州の半分くらいの大きさに31万人しかおらず、そのうち3/4がレイキャビクに住んでいるため、他の地域はおのずと想像がつく。地熱を利用する暖房システムのため大気は汚染されておらず、世界一空気のきれいな首都と言われる。しかしこの日天候は砂嵐。天気予報も悪く、特に10m/s以上の北東風との予測は憂鬱。島の一周はどっちに回るかがテーマになるが、これではどっちでも同じようだ。反時計回りを勧められ、翌日スタート。

分かってはいたが北東=斜め前からの風は、進まない上にトレーラーにはあおられて倒されそうになる。それでも街から離れると車は減り、風も少し収まった。 

嵐の合間の虹を背景に

嵐の合間の虹を背景に

 税金の高い北欧と言うことで、物価は高いとも知っていたが、いざサンドイッチ一切れ5百円、ハンバーガーが千円もするのを見るとつらい。キャンプ場を見つけ食料品を買って自炊。しかし無料のキャンプ場もあるし、人がいなければ何処にテントを張ってもいいし、スーパーで安い品物を買えばかなり出費が抑えられるというのは、だんだん分かっていった。ちなみにこの国はクレジットカード先進国で、全くキャッシュを持っていなくても大丈夫。

 スタートの3日間は天気が悪く向かい風がひどく、特に2日目は最悪。雨の中の向かい風で時速8キロくらいしか出ない。しかし雲が切れて太陽が顔を出し虹が見えた時は、ほっとする一瞬だった。

ヨクルサロン氷河湖

ヨクルサロン氷河湖

 その日は夕方クタクタになって農家の庭にテントを張らせてもらった。そんな風にほとんどどんよりした雲の下を走っている感じだったが、この旅の見所の一つである、入り江に落ち込むブレイザメルケル氷河に着いたところで、あれほど曇っていたのが急に晴れり、澄み切った青空の下、輝く氷河の美しさを堪能できた。

美しい牧草地が続く島の東側

美しい牧草地が続く島の東側

  

しかし素晴しい景色とは裏腹に、ここへ着く手前でタイヤがバーストしてしまった。2千キロしか走っていないタイヤなのでまだ大丈夫と思い込みスペアを持っていなかったのは誤算だった。町はほとんどないし、自転車屋があったとしてもランドナーの650Aがあるとはあまり思えない。このタイヤで何としても走らなければならない。チューブにゴムシートを巻いてひもで縛って、バーストした部分に力が加わらないようにして、だましだまし走る。

 島の東側はフィヨルドが続き、すぐ近く見えている対岸へ行くのに、入り江の奥まで一旦入ってまた戻ってくる感じだ。風は相変わらず強く、行きは追い風だが帰りは向かい風、天気は相変わらず悪く寒い。しかしこんなひどい天候なのに毎日何組か自転車に出会った。さずがここはヨーロッパの国なのだなと思う。東海岸の最後の入り江に来た所では徐々に雲がとれ、青空の下雪を残すフィヨルドの山々と青い海、緑の牧草地のコントラストが美しい。

 この辺りから周回道路は、山に入って行く。街に出て(といっても人口わずか1600人)自転車屋をみつけタイヤを探す。なんと650Aよりレアな650Bがあった。少し違うがないよりましだと買ったが、強引にはめようとしてもはまらず、ワイヤーが切れてしまいタイヤが歪んでしまった上にはめる時にあちこちチューブも傷つけてしまったようだ。それでも何とか走れるようになった。

デンティフォス(滝)

デンティフォス(滝)

北部のフィヨルド

北部のフィヨルド

 この町を過ぎると、しばらくほとんど人のいない地域となる。この国は大西洋中央海嶺の真中にあるため地殻変動が激しく、そのためかあちこちで豪快な滝が見られる。そのひとつデンティフォスは幹線道路からダートを25キロほどいったところにあるが、見所の一つと勧められていた。
分岐から次の町ミー湖畔までは20キロほど。まだ午前中なので行ってみる事に。荷を降ろして身軽になりダートを行く。着いてみると水しぶきにきれいな虹がかかり、豪快な滝とのコントラ^ストは期待以上のものだった。

 周回道路に戻りミー湖畔へ着くとキャンプ場には沢山のテントが張られていた。その先この国第二の都市(と言っても人口2万人足らず)の手前のフィヨルドも美しく、牧草地に転がる干草ロール、さまざまな形の雲、太陽光の乱反射する海面、シルエットで見える氷食地形...と絵になる風景ばかりだった。
   

東北部の高原

東北部の高原

北部牧場の干し草ロール

北部牧場の干し草ロール

 しかしアクレイリを出るとまた悪天候。小雨と強風の下の峠越えを2つ。ここまで周回する1号線を走ってきたが、島を南北に突き抜ける道は悪路だがいくつかあり、そのうちのひとつ一番西側の縦断路は、200キロと手ごろな距離で比較的走りやすく勧められていた、ただし天候がよければとの事であるが。新聞で調べた天気予報は相変わらず悪いが、せっかくだから行ってみようと縦断路に踏み込んだ。
路面を見ると新しい自転車のタイヤの跡が2台分ついている。他にもいるようだ。上り坂では相変わらずの強風と雨に悩まされ、最初の内はよかった路面も高原に出てから荒くなり、ペースはぐっと落ちた。このルートのちょうど真中にはオアシスのように温泉が湧いている。やっと8時頃着いてキャンプの用意をし、適度に熱い温泉につかる。雰囲気としては日本の山の中にある秘湯といった感じだ。

翌日は更に天気は悪く、昨日以上の向かい風、路面は悪く夕方になって風雨はひどくなり嵐になった。手袋をしていても手がかじかむ。それでもその嵐の中を逆方向に何組か自転車がすれ違った。温泉まではたどり着けまい、何処に泊まるのだろう。下界にたどり着いて舗装路になっても風で時速8キロの世界、百キロを14時間かけてやっとキャンプ場にたどり着き、思い切り食べまくる。

島中央部の露天風呂

島中央部の露天風呂

 最終日の7月16日レイキャビクまで残り百キロだが、ジョンさんに電話したら途中まで迎えに来てくれ、完全な一周にはならなかったが、世界最大の露天風呂ブルーラグーンに連れて行ってもらった。広さだけでなく入場料の方も3千円とこちらも世界最大級だ。

 アイスランドという国がどういうところかよく知らなかったが、こんなに美しいところだとは思ってもいなかった。確かに天気はほとんど悪く、風はいつも前から強く吹いていたような印象できつかったが、そんな大変な思いをしたからこそ、たまに晴れた時の美しさは感動となって記憶に残るのではないか。自転車の旅は確かに大変なこともあるけれど後に大きな思い出となって残っていく。今回の旅も大きなものとして残りそうだ。

木下 滋雄

2008年9 月5日(金) カテゴリー: 会員活動報告

海外自転車個人旅行バンコク~ホーチミン(2008年7月1日~18日)

先日、TOHEIがタイからベトナムまでサイクリングをしてきました。その旅の様子を紹介させて頂きます。

今回の旅行は僕の母親が予てからタイに行ってみたい!と言っていたのがきっかけだった。タイには、1年前のサイクリング中に知り合い、そのまま3ヶ月もお世話になった友人家族がいる。そこに今度は親子で世話になろうと言うのだから今考えれば図々しかったかもしれない。

タイに飛んだのは6月13日。当初は、僕も母親と共に9日で帰国するつもりでいたが、折角海外まで来てサイクリングをせずに帰るのは勿体無い。なので母親を帰らせた後一人でサイクリングをすることにした。目指すはベトナムのホーチミン。7月の「しまなみ海道」のイベントに参加するため、僕に残された時間は約3週間。その時間でなんとか行ける範囲にあるのがホーチミンという訳だ。

写真:タイ北部の寺院にて

6月22日、タイ北部とバンコクの観光を終え、空港で母親を見送った。そこから今回の旅の後半が始まった。
しかし、すぐに出発は出来ない。先ずは物資と身体の準備、そして帰りの航空券の手配だ。一週間ほどはバンコクの友人宅に留まり、トレーニングと交通費節約のために毎日友人宅とバンコク中心部を自転車で往復した。

行かれた方はご存知かと思うが、バンコクは他のアジアの都市同様に自転車が快適に移動出来る都市とは言えない。道路上の多くを自動車とバイクが占め、路肩が無いところも多い。そして車やバイクの交通マナーの悪さ。絶対数が少ないせいか自転車は道路上で軽視されがちである。しかし、そんな中だからこそ同じサイクリストを街で見かけると、妙な連帯感を覚え気軽に話が出来てしまう。また、かつてバンコクは「東洋のベニス」と呼ばれたほど運河が多い。大抵その脇には幅1m程のコンクリートの道が続いており、これが以外に自転車で走ると面白い。柵も何も無いため落ちる危険はあるが、地元の人しか使わないような裏道を縦横無尽に走ると、そこに住む人々の生活を垣間見ることができる。
2:バンコク運河を友人とクルージング
写真:バンコク運河を友人とクルージング

7月1日、いよいよ走行開始。1日100kmのペースで先ずはカンボジアとの国境に向かう。タイ国内は順調に移動を続けられ、4日目にカンボジアとの国境に辿り着いた。国境を越える時はいつも新たなる国への不安と期待でドキドキする。入国して先ず驚いたのは、国境を越えた途端そこからオフロードになっていることだった。
国境の町・ポイペト
写真:国境の町・ポイペト(カンボジア)

事前に仲間より聞いてはいたが、国道なのに舗装がされていないのはやはりショックだった。日本のように細部まで舗装がされいるタイと“国境”を挟むだけでこうも違うとは…。それでも10kmほど先に行くと敷かれたばかりの舗装路に変わってくれた。どうも国道の舗装化に向けて工事の最中のようである。

それにしても舗装路がこんなに走りやすい道だなんて改めて思い知らされた。しかし、それも長くは続かない…。地元の人に次の日の区間のシソポンからシェムリアップまでの100kmの道路状況を確かめると、なんとまだ全線未舗装路だと言われた。サイクリストとしてはとりたくない手段だが、ここは自動車で移動することを決意。結果として自分の轍に空白を作ることになったが、車の移動もいい経験だった。というのも僕が利用したのは最も安上がりで地元のカンボジア人も利用するピックアップトラックという乗り物。荷台には人でも荷物でも載せられる物は目一杯載せる。過積載も定員オーバーも関係ない。僕は乗り場についた途端勝手にサイドバックを取り上げられ、言われるがままに車を指定された。そして提示された10ドルを払い荷台に乗り込んだが、実はこれは車内の座席料金だったことを後から知る。(荷台は車内の半額らしい)

まあいい。強烈な日差しと熱風に晒され、半ば落ちそうになりながらも揺られて過ごした3時間は、現地の人々に近づけた気がしたから。同じ荷台に何時間も乗っていると、言葉は通じなくても不思議に気持ちが通じ合える。最後車を降りる時、おばちゃんが笑顔で手を振ってくれていたのが何だか妙に嬉しかった。そういえば、シェムリアップの町外れに入ったとき、ドライバーが警官に何か手渡していたっけ…。あれは何だったのだろう?(笑)
ピックアップトラックに載せた愛車
写真:ピックアップトラックに載せた愛車、
荷台の様子
荷台の様子

やっと着いたシェムリアップはカンボジアを代表する観光の町である。何といっても世界遺産のアンコール遺跡があるからだ。僕が今回バンコクから東へと進路をとったのも、ここに来たかったのが大きい。アンコール遺跡を見学するためにこの町では2日滞在することにした。タイから国境を越えて以来、カンボジアの大きな町は3つ目になるが、この町がそれまでの町とは全く違うことにすぐに気付いた。町は今もホテルの建設ラッシュが続き、通りの両側には外国人向けのレストランやバー、マッサージ店が軒を連ねている。町全体が外国人旅行者向けに出来ているといっても過言ではない。旅行者が望むようなサービスはお金さえ払えばどんなものでも受けられるのだ。それはそれで快適かもしれないが、僕のような貧乏旅行者には居心地が悪い。物価も他と比べると高いし、人々の感じもどことなくビジネスライク。それらはどうも華僑の影響があるようだ。
カンボジア西部の農村部では「漢字」を全く見なかったが、シェムリアップに来て一転。小さな商店の多くは中国式の祭壇を祀り、「○○大飯店」やら「○○大酒店」など大型のホテルまでも中国人資本のビジネスと思われる。当然、商店のオーナーが中国人でカンボジア人は彼らの元で働いているケースが多く、カンボジア人の社会的立場は自国に居ながらも華僑の下のように見受けられる。実はこれと同じ光景を僕はマレーシアで目にした。人のいい、他宗教に寛容なマレー民族は華僑にビジネスを掌握されてしまい、今日のマレー民族と華僑との社会的地位の格差は大きな問題になっている。きっとカンボジアも内戦終結後の混沌とした状況のうちから華僑がビジネスの押さえたのだろう。その結果、マレー民族同様、温厚でのんびりとしたカンボジア人も華僑の下で働くという構図になったに違いない。
僕はシェムリアップに来た途端、観光地ムードに冷めてしまい、人とのコミュニケーションが億劫になってしまった。何も語らずに鎮座する遺跡見学に集中することで何とか楽しみを見出していた。
アンコール遺跡
写真:アンコール遺跡

さて、シェムリアップを出ると再び長閑な田園風景へと戻る。それと同時に僕の気持ちも晴れ晴れとしてきた。農村部に住むカンボジア人はとっても純粋で、子供だと例外なく「へロー!!!」と声を掛けてくる。その純粋さと言ったら何かこちらが彼らを汚してしまうのではないかと心配するほど。彼らの生活は決して楽ではないとは思うが、競争社会の人々には無い自由な様子がありありと伝わってくる。
地平線まで続く田園風景
写真:地平線まで続く田園風景

シェムリアップから三日ほど走ってカンボジアの首都・プノンペンに到着。通りはバイクが犇めきあい、人の数も多い。さすがは首都だ。でも、悲しいのは自転車の数が圧倒的に少ないこと。プノンペンは確かに大きな町だが、普段の生活圏内なら自転車でも十分な筈だ。なのに人々は例え歩いていける距離でもバイクを使おうとする。自転車はどうも“バイクを買えない人の乗り物”もしくは“子供用”という位置づけされているようで悔しい。まあ、これはプノンペンに限らずアジアの殆どの国でそうなのだが…。
それにしてもプノンペンもシェムリアップ同様、いやそれ以上に華僑が多い。彼らは中国人同士の場合、クメール語を使わずに中国語を使う。ここまでくると自分は中国に来たのか?と一瞬錯覚を起こす。町の一部のみならず、いたる所にこうした華僑がいるのでいい加減うんざりしてくるのだ。どうも僕はこの町が好きになれなかった。

そんな中、唯一訪れた甲斐があったのはポル・ポト時代に刑務所として使われていたトゥール・スレン博物館。現在も、当時の建物がそのままの形で残っていて、殆どの独房に入ることが出来る。独房では当時の様子の写真を始め、実際に拷問に使われた機械や足かせ、そして囚人だった人の頭蓋骨なども展示されている。収監されていた全員?の顔写真一枚一枚は特に衝撃的だった。今日のカンボジアの平和を考えると、そこで語られている残忍な虐殺行為がつい30年前に実際に行われていたとは信じられない。現在、カンボジア国内にも所得の格差、スラム、薬物、エイズ、交通事故等問題は多いが、それでもカンボジア人の笑みに偽りが無いのはきっと今の平和の真のありがたみを知っているからなのだろう。この博物館を見学後、そう思うようになった。
トゥール・スレン博物館
写真:トゥール・スレン博物館
博物館内部の展示室
博物館内部の展示室
足かせの数々
足かせの数々

さて、この後国境を経てホーチミンへと向かったのだがこれ以上あまり書くことが無い。というのも、出国の日が迫っていたことから「何としてもその日までに着かなければ」という思いがあり、単なる移動になってしまったのだ。疲れていても走りらなければならず、ゴールの町に着いたら宿に直行、朝になったら再び走り始める…。これの繰り返しだった。もはや“旅”ではなく“移動”になってしまい本末転倒に陥った。身体も正直で、疲労が溜まったせいで最後は食中毒にもなってしまった。全ては自分のミスである。これを避けるためには、もう数日バンコクを早く出るか、全体の走行距離を減らしてもっと手前の都市を出国地点とするべきだったと今反省している。
カンボジア・ベトナム国境
写真:カンボジア・ベトナム国境

2008年7 月31日(木) カテゴリー: 会員活動報告

敬和学園大学にて講演

5/23(金)新潟県敬和学園大学にてCVJ会員 木下滋雄が「世界に目を向ける」というテーマで自転車旅行の楽しさ、旅行の意味などについて講演を行いました。

2008年6 月5日(木) カテゴリー: 会員活動報告