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	<title>サイクルボランティア・ジャパン</title>
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	<description>自転車は人生を広める！！</description>
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		<title>2008年12月の定例会について</title>
		<description>先日の総会（忘年会）には会員・ゲスト共に多くの方がご参加下ったこと厚く御礼申し上げます。

尚、今月の例会は先の総会と兼ねさせて頂きましたのでご承知の程、宜しくお願い致します。 </description>
		<link>http://www.cvjapan.org/w/2008/12/15/2008%e5%b9%b412%e6%9c%88%e3%81%ae%e5%ae%9a%e4%be%8b%e4%bc%9a%e3%81%ab%e3%81%a4%e3%81%84%e3%81%a6/</link>
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	<item>
		<title>「星の郷八ヶ岳高原を走る」　実走レポート</title>
		<description>
9月6日（土）１０：００に日本最高所の鉄道駅である、ＪＲ小海線（八ヶ岳高原鉄道）野辺山駅に仲間が続々と集まってきた。
首都圏からの輪行組は、新宿駅７：００発、特急あずさ号で小淵沢駅へ。八ヶ岳高原鉄道のハイブリッドトレインに乗り換えて野辺山駅着である。もちろんクルマでアクセスの参加者や前泊組もここに集合してきた。
東京よりも１０度近くも涼しいこの高原は気持ちの良い青空で我々を迎え入れてくれた。
到着後早速に自転車を組み立てる。


皆で準備体操をして、コース説明、手信号の確認の後、まずは日本の鉄道の最高地点までの足慣らしである。爽やかな天気と気持ち良い風を頬に受けて、皆の表情に笑顔が絶えない。

JR鉄道の最高地点（標高１，３７５ｍ）で記念撮影をしていると東京からの学生サイクリストが突然仲間に入ってきた。一人のソロツーリングという爽やかな青年でしばらく一緒に走ることとなった。そして皆で和気藹々と談笑している時に突然「パーン！」とう銃声のような破裂音が耳を劈いた。１０気圧まで空気を入れていた某メンバーのリアタイヤが突然にバーストしたのだ。

手際良くチューブを入れ替えて、出発しようとしたところに更に１名が合流した。早朝未明の３：００AMに東京を出発して自走で２００キロ近くを走り、この標高１４００ｍ近くまで登ってきたカナダのメンバーである。恐るべきパワーだ。一般の飛び入り参加者も含め総勢１１名になり賑やかにスタート。再び野辺山駅をかすめ佐久甲州街道（国道１４１号）沿いのコンビニに入り、エネルギー補給を行う。

そこから再び静かな高原の田舎道に戻り、八ヶ岳高原鉄道に並行するように下って行く。途中のルートでは道路の両サイドに綺麗な花が咲き乱れるフラワーロードとなった。女性にはとても良く似合う素敵な道だ。


更に気持ちよく道は下って行く。出発地点の標高が高いと下りが増えて快適なランになる。（これって邪道だろうか？）。
下りついたところが日本最長の河川、信濃川の源流である千曲川だ。河川に沿って鄙びた風情のある道を行く。クルマが入れないような細い小道でサイクリングロードとしては実に快適である。


橋を渡って千曲川の北岸に出るとまもなく馬越峠への登りとなる。標高差４００ｍ以上はある峠越えだ。今回はツーリング初体験の一般参加の女性がいらっしゃり、峠越えも当然初体験とのことだ。ビギナーの女性にはハードかもしれないが、伴走車があるので心理的にも安心して頑張って頂けた。


途中まではゆっくりと進むも、体力にあわせそれぞれに思い思いのペースでパスハンティングを楽しみながら登る。しかし既に二百数十キロ以上を走っているカナダのメンバーはこの峠でもフルスピードでガンガンと登って行く。日本人の若手ホープもそれには負けじとデットヒートを繰り広げていた。


馬越峠からの眺望は眼下に広がる下界を見渡せて晴れ晴れした気分になる。流石のカナダの仲間もここでは思わず寝転んでしまったようだ。
ここから残りはほとんどが下りである。しばらく行くと眺望はなくなるが、比較的深い森の中を一車線の林道のような道をくねくねと下って行く。少しスリリングで楽しいダウンヒルだ。

途中の分岐で休憩中に、東京からの大渋滞の中をクルマで７時間以上かけてやってきた㈱八重洲出版の撮影隊の人々と合流した。来春に出る自転車本用の撮影会を兼ねてのランとなって皆様に撮影協力を頂く。途中の滝見の湯にて気持ちよく温泉につかっていると突然の夕立になった。雨の弱まった合間を見計らってゴール地点の小海駅へ下る。一部のメンバーはここから輪行で東京までの列車の人となる。残りの仲間は八ヶ岳山麓にあるメンバー所有の別荘にお世話になり楽しい宴会の一夜を過ごした。


 </description>
		<link>http://www.cvjapan.org/w/2008/11/29/%e3%80%8c%e6%98%9f%e3%81%ae%e9%83%b7%e5%85%ab%e3%83%b6%e5%b2%b3%e9%ab%98%e5%8e%9f%e3%82%92%e8%b5%b0%e3%82%8b%e3%80%8d%e3%80%80%e5%ae%9f%e8%b5%b0%e3%83%ac%e3%83%9d%e3%83%bc%e3%83%88/</link>
			</item>
	<item>
		<title>玉川上水～狭山湖ツーリングのレポート</title>
		<description>

10月25日（日）、一昨日まで天気予報が雨だったにもかかわらず、当日は雨もあがり柔らかな空気の中、集合場所の小金井公園には女性や子供を含めて１２人のサイクリストが集まった。自己紹介、コース説明、準備体操にて皆様の身体とハートも柔らかな空気に包まれ、６名ずつの２班にわけてスタート。

玉川上水の南岸の道を西へと進む。住宅街ではあるが上水沿いのため真っ直ぐで信号も交通量も少なく走りやすい、サイクリングには良い道だ。

 

やがて、舗装が切れてプロムナードのような疎水沿いのクルマの通らない散歩道となる。他にもサイクリングを楽しんでいる人々が多い道だ。１６５３年に作られた江戸時代の面影は少ないが歴史を感じる自然豊かな道である。



残堀川と玉川上水が交差する地点で１回目の休憩をとる。ここは古来からある残堀川を交差する玉川上水が橋の横で残堀川の地下に潜り、橋を渡ったところで再び地上に出る場所で、１７世紀の建築技術の高さに驚く。そこからは残堀川の右岸を北上する河川沿いの整備されたサイクリングロードとなり、道はどんどんとトトロの森に近づいていく。



サイクリングロードから離れたところで、２度目目の休憩。コンビニでのエネルギー補給と昼食の買出しを行う。参加者それぞれがお互いの自転車に興味津々で自転車を潤滑剤に皆の仲が急速に深まって行くことができる大切なコアタイムだ。トトロの森にさしかかるといきなり歩行者と自転車しか通れない細いトンネルとなり、それを抜けて一気に深い森の中に入り込む。さらにシングルトラックとなってロード組は押すこととなるが、MTB組も結局は皆で仲良く押しながら進む。竹沢代表の自転車のスポークが１本また１本と折れ出し、先が思いやられる。再び森の中のダート道をフィトンチッドを浴びながら進むとピクニックポイントだ。ここでランチタイム。今回の参加者には元プロショップのメカニシャンの方や、自転車などの素材のプロの方、通販やオークションの達人などがいらして様々な自転車談義に花が開く。ここで元プロショップのメカニシャンの方が竹沢代表の自転車のスポークを調整し、走れる状態までしっかりと補修頂く。さすがはプロだ。



但し、ここから先もしばらくダートが続くため竹沢代表他、ロードレーサーや細いタイヤの方々は舗装路でのツーリングコースに、本体はトトロの森の奥地へとバイクを進め、後ほど合流することとした。出発前に全員で記念撮影。



森の中の走りやすいダートを登って行く。天候はすっきりとは晴れないが暑くも無く寒くもなく、サイクリングにはベストなコンディション。女性も日焼けを気にせずに元気に走っていく。親子で参加した小学５年生の男の子も慣れないダートに苦戦しながら皆に励まされて頑張っている。やがて最高地点の展望台に到達した。ここからは晴れれば富士山も男体山も遠望できる場所だ。目の前に広がる関東平野を見渡しここでも記念撮影。



ここからは、楽しい下りである。しかし前日までの雨もあって路面はぬかるんでおり、水溜りも随所に散りばめられたテクニカルなダウンヒルとなる。スピードを殺さずに泥濘や水溜りを避けながらコースを取ってドロを出来るだけ跳ね上げないように走る。途中の休憩の際には皆でそれぞれのテクニックについて、自転車とウェアーの汚れ具合から品評会がはじまった。



やがて道は広くなり乾いた路面となる。そして舗装路になった時には苦労していた５年生の男の子の顔がようやく綻んだ。やはりダートは初心者には厳しいが、やがて彼もこの楽しさに嵌って行くのかもしれない。



しばらく快適な舗装路を行くと狭山湖畔のサイクリングロードに出る。しかしサイクリングロードの入り口や一般道と交差する場所にあるオートバイなどが入れないようにしてある杭は自転車にはとても通り抜けにくい。その形状も進化して見た目は良く抑止効果も高いだろうが、もう少しサイクリストの立場に立った構造としてもらいたいものだ。



サイクリングロードに入ればそこは県立狭山自然公園である。人々が散歩をしたりバードウォッチングを楽しんだりしている。サイクリストもいれば夕陽と狭山湖のコラボで織り成す風景にカメラを向ける人々の姿も散見される。ここで元プロショップのテクニシャンによるウィリーやバニーホップなどのMTBライディングパフォーマンスショーを見せて頂いた。間近で見ると思わず拍手連発である。



昼食後に分かれたオンロード組との待ち合わせ時間に追われ、先を急ぐ。狭山湖の湖面を右にダムの堤の上を快走して進む。大規模自転車道である多摩湖サイクリングロードはこの付近は自転車しか通らずに遠慮なく走れて気分がいい。車道をまたぐ大きなブリッジの上でオンロード組と合流。少々お待たせしてしまったが皆元気で笑顔の再会。そこからの狭山湖の眺めも美しく最後の記念撮影。

 

当初の予定では、ここまで走らずに西武線の西武球場駅まで行って解散の案であったが、参加者全員が出発地点である小金井公園まで走って戻ることを希望したため、多摩湖自転車道を東南東に進む。湖畔の道ではあるがママチャリや子供自転車などが増え始める。 

西武鉄道の西武多摩湖線、西武新宿線に沿ってほぼ直線的に伸びる夕暮れの多摩湖自転車道を走って帰路を急ぐ。自転車道ではあるが周辺住民の生活道路となっており散歩以外にも歩行者や自転車での買い物客など少し煩雑なサイクリングロードではある。ただクルマの心配がないのが嬉しい。日没と夕闇に追い立てられるように何とか視界が確保できるうちに小金井公園に無事到着し解散となる。その後ほとんどの参加者で夕食と反省会を兼ねた打ち上げを武蔵小金井駅前の居酒屋で行い、親睦を深めることができた。 </description>
		<link>http://www.cvjapan.org/w/2008/11/18/eventreport/</link>
			</item>
	<item>
		<title>2008年CVJ総会(忘年会)のご案内</title>
		<description>CVJ総会(忘年会)を開催いたします。会員外の方も大歓迎です。

日時：2008/12/5（金）19：00～21:00
場所：「アミ」（下記参照）
費用：会員4000円　会員以外5000円
締め切りは11/28(金)。当日のキャンセルはキャンセル料を頂きます。

参加のご連絡は木下までメールください。
mail：　EZR00157nifty.com
会員外の方は氏名と電話番号を明記してください。

「アミ」
住所：千代田区神田小川町3-16
Tel 03-3291-0247


地下鉄神保町駅より歩5分：
A5出口出ると靖国通り、左進し1つ目の信号近くにマクドナルドあり左折、その向いの書店・三省堂自由時間の裏にコインパーキングありその右にあり（「アミ」の看板、白と赤各1あり）

JRお茶の水より歩12分：
水道橋寄り出口出ると明大通りのスクランブル交差点で前に渡り左のゆるい坂下ると右に信号あり明治大学あり、通り越して細道に右折して進み、その右にあり </description>
		<link>http://www.cvjapan.org/w/2008/11/03/2008%e5%b9%b4cvj%e7%b7%8f%e4%bc%9a%e5%bf%98%e5%b9%b4%e4%bc%9a%e3%81%ae%e3%81%94%e6%a1%88%e5%86%85/</link>
			</item>
	<item>
		<title>2009NewYearsRun三浦七福神巡り 概要決定!</title>
		<description>

「2009NewYearsRun三浦七福神巡り」の概要が決まりました。
みなさまご参加お待ちしております。

詳細はこちらをご覧ください。

なお、下記自転車関連サイトにおいても紹介されています!

	funride.jp イベントカレンダー
	sideriver.com イベントカレンダー &#62; 2009年1月のイベント
10月20日発売のサイクルスポーツ紙面にも掲載予定です。
 </description>
		<link>http://www.cvjapan.org/w/2008/10/16/2009newyearsrun/</link>
			</item>
	<item>
		<title>アイスランド紀行2008</title>
		<description>　先日戦闘があったグルジアを昨年走ったが、その時アイスランド人のサイクリスト、ジョンさんに出会った。次に何処を走るか決まっていないなら、アイスランドに来ないか？と言われ、彼の国を１周（約1500キロ）する事にした。
寒い国である。普通に走れるのは当然夏の間の短い期間のみだが、それでも雪が降る事もあるから準備は十分するようにと言われた。

6月３０日夜１１時、ほとんど白夜のため、まだ日が落ちぬレイキャビク空港着。ジョンさんが迎えてくれ、夕焼けの街に向かう。２時ごろ寝たが中々暗くならずまだ夕焼けは残っていた。
　初日は街とその周辺を案内してもらった。この国は本州の半分くらいの大きさに３１万人しかおらず、そのうち３／４がレイキャビクに住んでいるため、他の地域はおのずと想像がつく。地熱を利用する暖房システムのため大気は汚染されておらず、世界一空気のきれいな首都と言われる。しかしこの日天候は砂嵐。天気予報も悪く、特に10ｍ/s以上の北東風との予測は憂鬱。島の一周はどっちに回るかがテーマになるが、これではどっちでも同じようだ。反時計回りを勧められ、翌日スタート。

分かってはいたが北東＝斜め前からの風は、進まない上にトレーラーにはあおられて倒されそうになる。それでも街から離れると車は減り、風も少し収まった。 

[caption id="attachment_98" align="alignleft" width="300" caption="嵐の合間の虹を背景に"][/caption]

　税金の高い北欧と言うことで、物価は高いとも知っていたが、いざサンドイッチ一切れ５百円、ハンバーガーが千円もするのを見るとつらい。キャンプ場を見つけ食料品を買って自炊。しかし無料のキャンプ場もあるし、人がいなければ何処にテントを張ってもいいし、スーパーで安い品物を買えばかなり出費が抑えられるというのは、だんだん分かっていった。ちなみにこの国はクレジットカード先進国で、全くキャッシュを持っていなくても大丈夫。

　スタートの３日間は天気が悪く向かい風がひどく、特に２日目は最悪。雨の中の向かい風で時速８キロくらいしか出ない。しかし雲が切れて太陽が顔を出し虹が見えた時は、ほっとする一瞬だった。

[caption id="attachment_99" align="alignleft" width="300" caption="ヨクルサロン氷河湖"][/caption]

　その日は夕方クタクタになって農家の庭にテントを張らせてもらった。そんな風にほとんどどんよりした雲の下を走っている感じだったが、この旅の見所の一つである、入り江に落ち込むブレイザメルケル氷河に着いたところで、あれほど曇っていたのが急に晴れり、澄み切った青空の下、輝く氷河の美しさを堪能できた。

[caption id="attachment_100" align="alignleft" width="199" caption="美しい牧草地が続く島の東側"][/caption]

 　


しかし素晴しい景色とは裏腹に、ここへ着く手前でタイヤがバーストしてしまった。２千キロしか走っていないタイヤなのでまだ大丈夫と思い込みスペアを持っていなかったのは誤算だった。町はほとんどないし、自転車屋があったとしてもランドナーの650Aがあるとはあまり思えない。このタイヤで何としても走らなければならない。チューブにゴムシートを巻いてひもで縛って、バーストした部分に力が加わらないようにして、だましだまし走る。

　島の東側はフィヨルドが続き、すぐ近く見えている対岸へ行くのに、入り江の奥まで一旦入ってまた戻ってくる感じだ。風は相変わらず強く、行きは追い風だが帰りは向かい風、天気は相変わらず悪く寒い。しかしこんなひどい天候なのに毎日何組か自転車に出会った。さずがここはヨーロッパの国なのだなと思う。東海岸の最後の入り江に来た所では徐々に雲がとれ、青空の下雪を残すフィヨルドの山々と青い海、緑の牧草地のコントラストが美しい。

　この辺りから周回道路は、山に入って行く。街に出て（といっても人口わずか1600人）自転車屋をみつけタイヤを探す。なんと650Aよりレアな650Bがあった。少し違うがないよりましだと買ったが、強引にはめようとしてもはまらず、ワイヤーが切れてしまいタイヤが歪んでしまった上にはめる時にあちこちチューブも傷つけてしまったようだ。それでも何とか走れるようになった。

[caption id="attachment_102" align="alignleft" width="199" caption="デンティフォス（滝）"][/caption]

[caption id="attachment_103" align="aligncenter" width="199" caption="北部のフィヨルド"][/caption]

　この町を過ぎると、しばらくほとんど人のいない地域となる。この国は大西洋中央海嶺の真中にあるため地殻変動が激しく、そのためかあちこちで豪快な滝が見られる。そのひとつデンティフォスは幹線道路からダートを25キロほどいったところにあるが、見所の一つと勧められていた。
分岐から次の町ミー湖畔までは２０キロほど。まだ午前中なので行ってみる事に。荷を降ろして身軽になりダートを行く。着いてみると水しぶきにきれいな虹がかかり、豪快な滝とのコントラ＾ストは期待以上のものだった。

　周回道路に戻りミー湖畔へ着くとキャンプ場には沢山のテントが張られていた。その先この国第二の都市(と言っても人口2万人足らず)の手前のフィヨルドも美しく、牧草地に転がる干草ロール、さまざまな形の雲、太陽光の乱反射する海面、シルエットで見える氷食地形．．．と絵になる風景ばかりだった。
　 　

[caption id="attachment_104" align="alignleft" width="199" caption="東北部の高原"][/caption]

[caption id="attachment_105" align="aligncenter" width="199" caption="北部牧場の干し草ロール"][/caption]

　しかしアクレイリを出るとまた悪天候。小雨と強風の下の峠越えを２つ。ここまで周回する１号線を走ってきたが、島を南北に突き抜ける道は悪路だがいくつかあり、そのうちのひとつ一番西側の縦断路は、200キロと手ごろな距離で比較的走りやすく勧められていた、ただし天候がよければとの事であるが。新聞で調べた天気予報は相変わらず悪いが、せっかくだから行ってみようと縦断路に踏み込んだ。
路面を見ると新しい自転車のタイヤの跡が2台分ついている。他にもいるようだ。上り坂では相変わらずの強風と雨に悩まされ、最初の内はよかった路面も高原に出てから荒くなり、ペースはぐっと落ちた。このルートのちょうど真中にはオアシスのように温泉が湧いている。やっと8時頃着いてキャンプの用意をし、適度に熱い温泉につかる。雰囲気としては日本の山の中にある秘湯といった感じだ。

翌日は更に天気は悪く、昨日以上の向かい風、路面は悪く夕方になって風雨はひどくなり嵐になった。手袋をしていても手がかじかむ。それでもその嵐の中を逆方向に何組か自転車がすれ違った。温泉まではたどり着けまい、何処に泊まるのだろう。下界にたどり着いて舗装路になっても風で時速８キロの世界、百キロを14時間かけてやっとキャンプ場にたどり着き、思い切り食べまくる。

[caption id="attachment_106" align="alignleft" width="300" caption="島中央部の露天風呂"][/caption]

　最終日の7月１６日レイキャビクまで残り百キロだが、ジョンさんに電話したら途中まで迎えに来てくれ、完全な一周にはならなかったが、世界最大の露天風呂ブルーラグーンに連れて行ってもらった。広さだけでなく入場料の方も３千円とこちらも世界最大級だ。

　アイスランドという国がどういうところかよく知らなかったが、こんなに美しいところだとは思ってもいなかった。確かに天気はほとんど悪く、風はいつも前から強く吹いていたような印象できつかったが、そんな大変な思いをしたからこそ、たまに晴れた時の美しさは感動となって記憶に残るのではないか。自転車の旅は確かに大変なこともあるけれど後に大きな思い出となって残っていく。今回の旅も大きなものとして残りそうだ。
木下　滋雄 </description>
		<link>http://www.cvjapan.org/w/2008/09/05/%e3%82%a2%e3%82%a4%e3%82%b9%e3%83%a9%e3%83%b3%e3%83%89%e7%b4%80%e8%a1%8c2008/</link>
			</item>
	<item>
		<title>玉川上水～狭山湖ツーリング 概要決定!</title>
		<description>
「玉川上水～狭山湖ツーリング」の概要が決まりました。
みなさまご参加お待ちしております。

詳細はこちらをご覧ください。

なお、下記自転車関連サイトにおいても紹介されています!

	サイクルスポーツ イベントカレンダー10月
	funride.jp イベントカレンダー
	sideriver.com イベントカレンダー &#62; 2008年10月のイベント
 </description>
		<link>http://www.cvjapan.org/w/2008/08/30/sayamako/</link>
			</item>
	<item>
		<title>海外自転車個人旅行バンコク～ホーチミン（2008年7月1日～18日）</title>
		<description>先日、TOHEIがタイからベトナムまでサイクリングをしてきました。その旅の様子を紹介させて頂きます。

今回の旅行は僕の母親が予てからタイに行ってみたい！と言っていたのがきっかけだった。タイには、1年前のサイクリング中に知り合い、そのまま3ヶ月もお世話になった友人家族がいる。そこに今度は親子で世話になろうと言うのだから今考えれば図々しかったかもしれない。

タイに飛んだのは6月13日。当初は、僕も母親と共に9日で帰国するつもりでいたが、折角海外まで来てサイクリングをせずに帰るのは勿体無い。なので母親を帰らせた後一人でサイクリングをすることにした。目指すはベトナムのホーチミン。7月の「しまなみ海道」のイベントに参加するため、僕に残された時間は約3週間。その時間でなんとか行ける範囲にあるのがホーチミンという訳だ。

写真：タイ北部の寺院にて

6月22日、タイ北部とバンコクの観光を終え、空港で母親を見送った。そこから今回の旅の後半が始まった。
しかし、すぐに出発は出来ない。先ずは物資と身体の準備、そして帰りの航空券の手配だ。一週間ほどはバンコクの友人宅に留まり、トレーニングと交通費節約のために毎日友人宅とバンコク中心部を自転車で往復した。

行かれた方はご存知かと思うが、バンコクは他のアジアの都市同様に自転車が快適に移動出来る都市とは言えない。道路上の多くを自動車とバイクが占め、路肩が無いところも多い。そして車やバイクの交通マナーの悪さ。絶対数が少ないせいか自転車は道路上で軽視されがちである。しかし、そんな中だからこそ同じサイクリストを街で見かけると、妙な連帯感を覚え気軽に話が出来てしまう。また、かつてバンコクは「東洋のベニス」と呼ばれたほど運河が多い。大抵その脇には幅１ｍ程のコンクリートの道が続いており、これが以外に自転車で走ると面白い。柵も何も無いため落ちる危険はあるが、地元の人しか使わないような裏道を縦横無尽に走ると、そこに住む人々の生活を垣間見ることができる。

写真：バンコク運河を友人とクルージング

7月1日、いよいよ走行開始。1日100kmのペースで先ずはカンボジアとの国境に向かう。タイ国内は順調に移動を続けられ、4日目にカンボジアとの国境に辿り着いた。国境を越える時はいつも新たなる国への不安と期待でドキドキする。入国して先ず驚いたのは、国境を越えた途端そこからオフロードになっていることだった。

写真：国境の町・ポイペト（カンボジア）

事前に仲間より聞いてはいたが、国道なのに舗装がされていないのはやはりショックだった。日本のように細部まで舗装がされいるタイと“国境”を挟むだけでこうも違うとは…。それでも１０ｋｍほど先に行くと敷かれたばかりの舗装路に変わってくれた。どうも国道の舗装化に向けて工事の最中のようである。

それにしても舗装路がこんなに走りやすい道だなんて改めて思い知らされた。しかし、それも長くは続かない…。地元の人に次の日の区間のシソポンからシェムリアップまでの１００ｋｍの道路状況を確かめると、なんとまだ全線未舗装路だと言われた。サイクリストとしてはとりたくない手段だが、ここは自動車で移動することを決意。結果として自分の轍に空白を作ることになったが、車の移動もいい経験だった。というのも僕が利用したのは最も安上がりで地元のカンボジア人も利用するピックアップトラックという乗り物。荷台には人でも荷物でも載せられる物は目一杯載せる。過積載も定員オーバーも関係ない。僕は乗り場についた途端勝手にサイドバックを取り上げられ、言われるがままに車を指定された。そして提示された10ドルを払い荷台に乗り込んだが、実はこれは車内の座席料金だったことを後から知る。（荷台は車内の半額らしい）

まあいい。強烈な日差しと熱風に晒され、半ば落ちそうになりながらも揺られて過ごした3時間は、現地の人々に近づけた気がしたから。同じ荷台に何時間も乗っていると、言葉は通じなくても不思議に気持ちが通じ合える。最後車を降りる時、おばちゃんが笑顔で手を振ってくれていたのが何だか妙に嬉しかった。そういえば、シェムリアップの町外れに入ったとき、ドライバーが警官に何か手渡していたっけ…。あれは何だったのだろう？（笑）

写真：ピックアップトラックに載せた愛車、

荷台の様子

やっと着いたシェムリアップはカンボジアを代表する観光の町である。何といっても世界遺産のアンコール遺跡があるからだ。僕が今回バンコクから東へと進路をとったのも、ここに来たかったのが大きい。アンコール遺跡を見学するためにこの町では2日滞在することにした。タイから国境を越えて以来、カンボジアの大きな町は3つ目になるが、この町がそれまでの町とは全く違うことにすぐに気付いた。町は今もホテルの建設ラッシュが続き、通りの両側には外国人向けのレストランやバー、マッサージ店が軒を連ねている。町全体が外国人旅行者向けに出来ているといっても過言ではない。旅行者が望むようなサービスはお金さえ払えばどんなものでも受けられるのだ。それはそれで快適かもしれないが、僕のような貧乏旅行者には居心地が悪い。物価も他と比べると高いし、人々の感じもどことなくビジネスライク。それらはどうも華僑の影響があるようだ。
カンボジア西部の農村部では「漢字」を全く見なかったが、シェムリアップに来て一転。小さな商店の多くは中国式の祭壇を祀り、「○○大飯店」やら「○○大酒店」など大型のホテルまでも中国人資本のビジネスと思われる。当然、商店のオーナーが中国人でカンボジア人は彼らの元で働いているケースが多く、カンボジア人の社会的立場は自国に居ながらも華僑の下のように見受けられる。実はこれと同じ光景を僕はマレーシアで目にした。人のいい、他宗教に寛容なマレー民族は華僑にビジネスを掌握されてしまい、今日のマレー民族と華僑との社会的地位の格差は大きな問題になっている。きっとカンボジアも内戦終結後の混沌とした状況のうちから華僑がビジネスの押さえたのだろう。その結果、マレー民族同様、温厚でのんびりとしたカンボジア人も華僑の下で働くという構図になったに違いない。
僕はシェムリアップに来た途端、観光地ムードに冷めてしまい、人とのコミュニケーションが億劫になってしまった。何も語らずに鎮座する遺跡見学に集中することで何とか楽しみを見出していた。

写真：アンコール遺跡

さて、シェムリアップを出ると再び長閑な田園風景へと戻る。それと同時に僕の気持ちも晴れ晴れとしてきた。農村部に住むカンボジア人はとっても純粋で、子供だと例外なく「へロー！！！」と声を掛けてくる。その純粋さと言ったら何かこちらが彼らを汚してしまうのではないかと心配するほど。彼らの生活は決して楽ではないとは思うが、競争社会の人々には無い自由な様子がありありと伝わってくる。

写真：地平線まで続く田園風景

シェムリアップから三日ほど走ってカンボジアの首都・プノンペンに到着。通りはバイクが犇めきあい、人の数も多い。さすがは首都だ。でも、悲しいのは自転車の数が圧倒的に少ないこと。プノンペンは確かに大きな町だが、普段の生活圏内なら自転車でも十分な筈だ。なのに人々は例え歩いていける距離でもバイクを使おうとする。自転車はどうも“バイクを買えない人の乗り物”もしくは“子供用”という位置づけされているようで悔しい。まあ、これはプノンペンに限らずアジアの殆どの国でそうなのだが…。
それにしてもプノンペンもシェムリアップ同様、いやそれ以上に華僑が多い。彼らは中国人同士の場合、クメール語を使わずに中国語を使う。ここまでくると自分は中国に来たのか？と一瞬錯覚を起こす。町の一部のみならず、いたる所にこうした華僑がいるのでいい加減うんざりしてくるのだ。どうも僕はこの町が好きになれなかった。

そんな中、唯一訪れた甲斐があったのはポル・ポト時代に刑務所として使われていたトゥール・スレン博物館。現在も、当時の建物がそのままの形で残っていて、殆どの独房に入ることが出来る。独房では当時の様子の写真を始め、実際に拷問に使われた機械や足かせ、そして囚人だった人の頭蓋骨なども展示されている。収監されていた全員？の顔写真一枚一枚は特に衝撃的だった。今日のカンボジアの平和を考えると、そこで語られている残忍な虐殺行為がつい30年前に実際に行われていたとは信じられない。現在、カンボジア国内にも所得の格差、スラム、薬物、エイズ、交通事故等問題は多いが、それでもカンボジア人の笑みに偽りが無いのはきっと今の平和の真のありがたみを知っているからなのだろう。この博物館を見学後、そう思うようになった。

写真：トゥール・スレン博物館

博物館内部の展示室

足かせの数々

さて、この後国境を経てホーチミンへと向かったのだがこれ以上あまり書くことが無い。というのも、出国の日が迫っていたことから「何としてもその日までに着かなければ」という思いがあり、単なる移動になってしまったのだ。疲れていても走りらなければならず、ゴールの町に着いたら宿に直行、朝になったら再び走り始める…。これの繰り返しだった。もはや“旅”ではなく“移動”になってしまい本末転倒に陥った。身体も正直で、疲労が溜まったせいで最後は食中毒にもなってしまった。全ては自分のミスである。これを避けるためには、もう数日バンコクを早く出るか、全体の走行距離を減らしてもっと手前の都市を出国地点とするべきだったと今反省している。

写真：カンボジア・ベトナム国境 </description>
		<link>http://www.cvjapan.org/w/2008/07/31/%e6%b5%b7%e5%a4%96%e8%87%aa%e8%bb%a2%e8%bb%8a%e5%80%8b%e4%ba%ba%e6%97%85%e8%a1%8c%e3%83%90%e3%83%b3%e3%82%b3%e3%82%af%ef%bd%9e%e3%83%9b%e3%83%bc%e3%83%81%e3%83%9f%e3%83%b3%ef%bc%882008%e5%b9%b47/</link>
			</item>
	<item>
		<title>「しまなみ海道サイクリングの旅」実況レポート</title>
		<description> ★2日目の報告


＜公式記録係の　望月　大さんから2日目のレポ到着＞　
※グループ別行動のため、下記内容は当日記録者が直接見聞したことが中心であることをご了承下さい。
２００８年７月２1日（月）
６：３０にボランティアスタッフは起きて朝食の食卓を並べ始める。どうも自分は体が冷えきっている。それもそのはず、強力なクーラーが一晩中ゴンゴンとフル稼働して冷風を噴き出し続けていたのである。暗闇の中で調整ダイヤルを探した自分であったがどうしても見つからず、冷たい風を止めることができなかったのだ。

さて、準備ができて昨日と同じ席で朝食を摂る。席を決めておくと好き勝手にばらばらに座らないので、デリケートな参加者達の混乱が避けられるのである。これも大島副代表の配慮であった。メニューはご飯、味噌汁、小鉢、海苔、生卵など。自分は生卵が苦手なので、正面に座っていた國友ファミリーのご主人に勧めてみた。毎食3人前はいけそうな、立派な体格の方である。「よろしければどうぞ」「いえ、もう食べられませんので」「でも1つだけでは足りませんでしょう」「本当は食べたらいけないんです」「？」怪訝な顔をする自分に奥さんが教えてくれる。「主人は調理師なんです。本当は生卵は（衛生上の理由で）食べたらいけないんです」そうなのか。生の貝もだめとのことで、初の知識であった。
食事の最中も大島副代表からアナウンスがある。「バスは７：４５に開きます。荷物を全部入れて下さい。1人3個のおにぎりと1本のお茶を受け取ってから乗って下さい。出発は８：００です」なるほどそうだったのか。スイカ割りに必要な棒を探すよう頼まれた自分がさっき旅館の前庭でうろうろしていたら、「おにぎり屋です」と小型のバンがきていた理由が分かった。車から降りたのはきれいな若い女性で、自分は宿の厨房に伝えるとともに、いそいそとおにぎり運びを代行してあげたのであった。そうこうしているうちに旅館のご主人からスイカ割りの棒を提供してもらった。木の枝の比較的真っ直ぐな部分を切って、きれいに洗ってくれたのである。杖のような感じに仕上がった棒、サイズや剛性は十分である。礼を言って受け取る。そうしているうちに荷物を出すのが遅れてしまった自分、最後の一人かと思って部屋に入ると、参加者2人を前に武田さんが必死に絵筆を走らせている。

そして８：０９バスが出発する。西畑勝明さんはレンタサイクルを確保すべく、早朝にショップに向かったとのこと。事前予約ができないからとのことで、借りられればと祈らずにはいられない。そして８：３０尾道港海岸通り近くの大型駐車場に到着。レンタサイクルは必要数が無事に取れ、皆安堵する。西畑さん、お疲れ様でした。サイクリングする方々は早速フィッティングを開始する。人数分のヘルメットも西畑さんが用意した23個を各自に配る。
９：１２準備を終えて集合した全員に大島副代表が「気を付けて楽しみましょう」と訓示をされる。次いで、地元・備後エリアのMTBクラブ「マウンテン・ポテト（http://potato.swee.to/main.html）」から参加され、ランの先導・伴走ボランティアとしてご協力頂く平野清一さん、佐藤裕幸さん、出川博章さんよりご挨拶があった。
 
大島副代表が本サイクリングについてインタビューを受けて放送されたラジオ番組が縁となり、ご参加の運びとなったのである。クラブ名の由来は？との問いに、「山のイモ兄ちゃんとイモ姉ちゃんの集まりなんです」と。どうしてどうしてさわやかなスポーツマンの方々です。竹沢荘一代表より3着のクラブティーシャツを贈呈し、それを着てもらうことになった。
そして竹沢代表の挨拶となる。「いよいよ今回のメインイベント、しまなみサイクリングになります。暑いので頑張りすぎず、無理なく休みながら楽しんで、いい思い出を作りましょう」続いては準備体操、一般ボランティアの森西正夫さんのコーチングで柔軟運動を充分行って体をほぐす。



そして９：２５全員が岸壁に集合し、自転車を前に並べ、海と山をバックに記念撮影。
９：３０　先行組の16人が、向かい合って並ぶ参加者の拍手と激励の中を通って出発する。
 

そして最後になぜか子供用自転車に乗ったオーストラリア男性がゆっくり行こうとする。冗談でしょうスティーブさん、あなたは徒歩のグループです！そして残りのグループはそれぞれの行動を開始したのであった。出発前、第4グループ（徒歩散策組）の副リーダー・佐々木みきさんに、スイカ割りの棒を託す。バスに置くと忘れるし、杖として使えば手元から離さないので無くさないでしょうからぜひとお願いし、快く引き受けてもらう。

自分はビデオ撮影・記録担当としてサポートバンに乗り込む。運転手は一般ボランティアの井上昭男さん、医療と自転車メンテナンスサポートの埜口保男さん、山陽新聞の青木記者と4人で９：３６に発車。
まず立ち寄ったのは大型スーパー。スイカ割り用のスイカと、飲料冷却用の氷とビニール袋、飲めるし怪我の洗浄や熱射病者の体を冷やせる水を買うのである。早く揃えようと埜口さんと店に駆け込み、大量のタダの氷とスチロール箱3個も含め、全アイテムを入手した。ありがとう尾道サティ。早速車に積み込んで１０：００に出発。
ほどなくして最初のグループか、グリーンシャツのサイクリスト軍団が見えてくる。「あ、いた！」しかし一瞬で追い越す。自転車とは速度の違う悲しさ、走行中の車からは撮影できず、皆さんのお顔もよく分からないのだった。

さて、いよいよ第一の橋、（旧）尾道大橋である。新尾道大橋は自転車・歩行者道がないので旧の橋を渡るのだが、ここの歩道が非常に狭いのである。ガードレールの内側は幅50cmほどしかなく、自転車走行は不可能だ。自転車ならば車道の左端をと思うだろうが、デリケートな方々もいるのでよろけたりすると危険である。ここは仕方なく徒歩で渡った橋であった。自転車はバスで運んだそうである。サイクリングマップにはこう書いてある。『尾道大橋には歩道が狭く危険なため渡船をご利用下さい』 しかし今回は船を手配するのは大変で、時間がかかるので仕方がない。橋を渡って向島に上陸し、最初の休憩所でバスと合流したのが１０：１２。
15分後、第2グループの5人が拍手と歓声の中を出発する。


瀬戸内の空が快晴で皆を応援する。サポートカーは道ばたが少し広い場所を見つけて停車する。10分後、先ほど送り出したグループが追い付いてきたのでじっくり撮影する。
 
そして次なる橋へ向かい、島を横断する。海が見えず山に囲まれた風景が十数分も続くと、島とは思えずまるで本州の山の中を走っている心地がする。と、埜口さんが「いや、植生が違うよ」と木々の名や葉の形の違いを説明する。聞くと初期の国内ランではポケット植物事典を持って、勉強しながら走ったそうである。差し渡し7kmほどの向島の横断に20分もかかったろうか、どの島もそうだが橋には周囲をぐるぐると大回りして乗るのである。
そして１０：４６、因島大橋を渡り終える。この橋は二層構造となっており、上が車道、下が自転車専用道である。この、トンネルのようになっている自転車道を渡ってくる参加者の位置を確認したいと、埜口さんはカーボン自転車を取り出して素早く組み立て、１０：５７に走り去る。そして数分後に携帯電話で情報が入る。「あと2kmで来るぞ！」自分はビデオカメラを手にして、徒歩で因島大橋の自転車道口に向かう。数分で大島第三歩道橋の階段、続いて大島第一歩道橋、これは写真のように２層構造の因島大橋

の階下から出てくる自転車専用道を20mほど下に見下ろす絶好の撮影ポイントである。
そして１１：１５、碓井るみ子さんがリーダーの第3グループの6人、1,270mの因島大橋を渡りきって到着！


井上涼太君、「走ってきた！」と大きな喜びの声。青木記者は手帳にペンを走らせカメラも使う。人が自転車道口を出て、


上述の大島第一歩道橋の下を通過するのを撮影する。


実はこれは演出で、自転車道口から大島第一歩道橋の上まで歩くと2分かかるので続けては撮影できず、6人にはいったん自転車道口まで戻ってもらって3分後に再出発するようにお願いしていたのであった。これが１１：３２であった。それにしても、各グループからサポートカーにあまり電話が入ってこない。取り決めでは各グループから、1～2時間置きにサポートカーに現在地の報告（撮影のため）があることになっているのだが。（旅のしおり5ページ、1～2行目に記載）

それから数分後、今度は総勢17人の、第1グループと第4グループの一部の方々の連合部隊が自転車道口に到着、リーダーは竹沢代表である。この日、西畑さんと宇都宮さんの2台のタンデム自転車の後部シートには、中馬田鶴子さん、川上祈子さん、井上貴文君、棚橋和彦君ら何人もが代わる代わる乗ったとのこと。ビデオに撮った元気な少年は貴文君と和彦君か。「ん？」橋を渡って停車し、一休み中の皆さん、なにやら路上の小構造物に集まっている。見てみると橋を渡ったことを称える記念スタンプの小ブースであった。一人ひとりが手元の用紙にスタンプを元気よく押す音がポン、パンと響く。いい思い出になるでしょう。竹沢代表に例の演出撮影について説明し、ご協力を心からお願いしたが、30mといえども戻りたくない、早く行きたいとのお答えであった。そして自転車の第1グループはランを継続し
 
、徒歩の第4グループは歩道橋を登り始める。快晴下の運動で、皆さんおなかがすいたでしょう。おにぎりはもう食べましたか…？やがて埜口さんが戻ってくる。「自転車でどうやってここまで降りましたか？」聞くと、自分と同じ階段だらけの歩道橋二つをカーボン自転車をかついで降りてきたそうである。サポートカーに戻ると、氷入りの冷たい飲み物が参加者に喜ばれた、と井上さん。

すると電話が入る。常時バスに待機している大島副代表から移動要請である。歩行者グループの一部が道の都合で車イスの方と一緒に集合地点に戻ることができなかったため、お迎えに行くのである。急いで海辺にある因島大橋記念公園に向かう。到着すると別のグループが昼食をしようと待っている。自分は全体の詳細を悉皆しておらず、全員ここで食べるのか分からずうろうろしたり、自転車の積み込みを手伝ったりする。

と、少し離れた鉄工処分場の横で、先行の第1グループの2台が頓挫している。聞くとパンクしたとのことで、他の自転車達は先に行ったという。後輪のチューブを外して懸命に修理中の宇都宮さんを埜口さんがサポートする。合わせて約20万キロ踏破のサイクリスト達によってチューブは直されてタイヤに収まり、インフレータで膨らまされる。それを横目で見ながらおにぎりをほおばる自分であった。そして修理が終わった2台はランを再開する。

と、さほど間を置かず1台からサポートカーに電話が入る。「またパンクしました」 レンタサイクルのチューブはパッチが無意味なほど疲弊しきっていたのだろう。タイヤのサイズを聞いた埜口さん、「ハチサンのチューブを買う！」ちょうど道路脇にはおあつらえのホームセンター、ユーホーがあるので車を止めて駆け込む。26-1 3/8のチューブと、念のため英式バルブの虫ゴムも引っつかみ、即買いする。そしてそれらを持った埜口さんがカーボンで突っ走って行ったのが１３：１２であった。後刻結果が判明した。埜口さんが到着したら、すでに手近なサイクルショップで直したそうである。

そしてまた大島副代表から緊急指令。予定の時刻となったので生口島橋を渡って一般道と合流する地点に集合し、そこを今回のサイクリングの最終地とする旨を知らされる。行くと大型バスが停まっており、

サイクリストたちが三々五々山の上から降りてくる。事前に企画していた橋近辺のサイクリングと、歩行者にとっては予定したサンセットビーチに行けなかったのでスイカ割りはできなかったものの、全員が予定の三つの橋を渡り終えてゴールすることができ、皆で行った満足と心地よい疲労感を漂わさせている。3人がかりでサポートカーに無理やり7台の自転車を詰め込み（よく入ったと感心）、井上さんはレンタ店に返しに行く。大変ありがたいことにマウンテン・ポテトの方で手配して下さったもう1台のバンも来て、宇都宮さんが手際よく自転車を積み込んだ。大型バスの床下には残った自転車を収容する。ハンドルやペダルが引っかかるので何度も出し入れしながら、これでもかとブチ込んだ。皆がバスに乗った１４：４１、大島副代表よりサイクリングの終了の挨拶がなされる。

戻りはバスを飛ばすだけとあってたったの35分で尾道港に到着。自転車を出すのは簡単で、あっという間に作業が終わる。何台かのマッドガードはでこぼこになっている。ショップにクレームされねばいいが。そして１５：５５、一行は大阪に向けて出発したのであった。埜口さんはしまなみ海道が未体験なので滞在を伸ばして走りたいと、一人で残る。皆バスの窓から手を振って見送る。

旅の余韻冷めやらぬ参加者達がゆったりと過ごしている車中、武田さんが盲導犬ティファちゃんも含めて全参加者の似顔絵をようやく描き終わる。本当にお疲れ様でした。１６：５２竹沢代表が「事故が無くてよかったです。皆さんありがとうございました」と挨拶され、続いてはサプライズの、参加者に対する表彰式となった。「國友はるひ殿、2008年度、CVJ・青い鳥共催のしまなみ海道に参加され、暑い中、三つの橋を車椅子を使って渡られたことを証明します。2008年7月21日、サイクルボランティア・ジャパン代表・竹沢荘一、青い鳥ことばの会代表・大島政広」金色の飾り枠で縁取られた立派な表彰状が贈呈された。同じく車椅子で参加された川上祈子さんと大島伸恵さんにも渡された。
皆の拍手が鳴り止まぬ中、全参加者一人一人の名前を読み上げながら、表彰状（全行程を行かれた方）または証明書が渡されたのであった。ゲストボランティアのお二人や一般ボランティアの方々に対しても、感謝状によって感謝の意が表された。

１７：１０、今度はクイズ大会となる。これは今回の旅にちなんだクイズ20問を大島副代表が用意して、各問ごとに正解者がジャンケンをして、勝者が賞品を受け取るのである。賞品は消費しきれずかなり残っていたお酒、ドリンク、スナックなどであり、問題ごとにジャンケンポン！と大きな声が響き、賞品が次々に手渡される。全問が終了して1問5点で集計すると、なんと85点が1人いて優勝となった。賞品はまだあり、欲しい人のジャンケンが続いた。この2日で100回はジャンケンの声が聞かれたか。使わなかったスイカも無駄にはならない。スイカ割りの発案者、川口さんファミリーにプレゼントされたのであった。

クイズ大会の後は歌と音楽の時間となる。高島さんの美声と森西さんのハーモニカの音色が、バスの中にこだまする。そしてサービスエリアでの休憩を挟み、１８：１４から反省会となる。まずは大島副代表、「企画の至らなさを反省しますが、いかがでしたでしょうか？」これに全員が力一杯の拍手で応える。続いて竹沢代表、「皆さんのおかげで大変楽しい旅でした。次回はもっとよいものにしたい」と力強く宣言された。そして一人一人が思いのほどをつづる。発声が難しい参加者も、精一杯の声で「ありがとうございました」、万感の思いが伝わるのであった。

さて今回特筆すべきは貸切バスの運転手武村さん、多くの荷物や自転車の取り扱い、数十回の路上駐車と大変な2日間で、最後に残った大量のゴミまで快く受けて下さったのであった。大島副代表の心からのお礼に対して、ボランティア精神でやったとの武村さんの言葉であった。夏の日暮れは遅いとはいえ、１９時を過ぎると暗くなる。旅の疲れか、皆静かになりこっくりと頭を傾かせる。そして２０：４０から２１：１０にかけてJR及び阪急の茨木市駅、京阪の枚方市駅に到着する。参加者は別れを告げ、各々の家路につく。今宵は素敵な夢を！

7月26日17時　望月
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★山陽新聞のWebNewsに載りました。
記事

7月23日 13時　「ささきん」
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★生口橋の絶景ポイント


7月21日 14時30分　「ささきん」
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★タンデムに挑戦する中馬（ちゅうま）さんと愛犬ティファ、タンデム世界一周された宇都宮さん

7月21日8時0分　「ささきん」
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★初日の報告
＜公式記録係の　望月　大さんから届きました。長いですよ！！！＞
２００８年７月２０日（日）
大型バスの待ち合わせ場所のここ茨木市は朝から快晴、完全に梅雨明けして、関東では今年はまだ耳にしない蝉しぐれがうるさいくらいである。夏らしい健康的な、すがすがしい天気である。３つある待ち合わせ場所で、参加者の全５７人が一人も欠けることなく全員揃う。すばらしきかな。

そして９：１５、旅への期待に満ちた大型バスは発車した。まもなく中国自動車道に入る。今回の旅を企画した大島副代表が司会となり、参加のＣＶＪメンバー、看護ボランティア、そしてゲストの方々の氏名と役割を紹介する。９：２９、竹沢代表より「暑いですが注意して楽しいイベントにしたいと思います。ボランティアの皆さんに感謝します」と挨拶。その後は大島副代表から旅の日程について、配布物に準じて丁寧な説明がなされた。参加者に配られたのは10数ページにわたる詳細な旅のしおり、一目で大変な労作であることが分かる。そして「似顔絵」についての説明が続く。1995年以来関西で似顔絵ボランティアをされているゲストの武田さんが全参加者の似顔絵を描いて下さるという今回のイベントの一つである。この日の夜に全員の絵を描くのは難しいので、描く順番を抽選で決めようというのである。竹沢代表が手にした袋から紙片を一枚ずつ取り出しながら、「1番岸本さん、2番大塚さん・・・」と発表すると当たった人の歓声があがり、皆の拍手が続く。
規定の人数に入らなかった方々は武田さんがお顔を撮影してそれを元に描いた絵を後日郵送するとのことになった。続いては参加者の自己紹介である。メンバーの一人は挨拶代わりに笑話を披露した。「－父ちゃん疲れたよ、ハワイまだ？ －息子よ、黙って泳げ」ちっともうけない。
そのせいではないが道は混みに混んで、本日の宿泊所「大新旅館」に到着したのは、予定を約2時間遅れた１３：５１であった。おなかが空いた参加者は、お昼のカレーをまたたく間に平らげ、何人もがお代わりをしたのであった。
そそくさと荷物を整理後、１４：５２に全員を乗せたバスは尾道市観光に出発した。最初の行き先は小高い丘の上に位置する千光寺公園、ここではファミリーとボランティア単位での自由行動となった。気温は37度くらいか、大変暑い。「猿の国」に行きたいという中川ファミリーに同行した自分は公園案内図を見て先に歩いたが、猿の国がない！道を間違えたのであった。ごめんなさい。引き返して2軒の店に聞き、ようやくわかった急な坂道を下るとありましたよ猿の国が。これは直径10ｍの敷地に高さ12ｍほどの塔が立つコンクリ製の猿山で、あまりの暑さに参った猿たち２、３匹が、塔の穴倉にこもって寝転んでいるだけであった。戻ってソフトクリームを食う。うまい。そこここの木陰や店の影で多くのファミリーが涼んでいる。
１６：２６にここを辞し、１６：５２に浄土寺着。ここは国宝及び重要文化財の、鎌倉時代からの由緒あるお寺である。急な石段の一部がトンネルで、その上を電車が通っている。同行の盲導犬ティファ君、お清め水を浴びて涼しそうな顔をする。お寺の境内は鎌倉時代そのままの簡素で厳かな作りで、見ていると心が清々しくなるようだ。30数分の見物でここを辞し、宿には１７：３６に到着。
昼と同様に夕食は1階と2階に分かれて摂り、海の幸、山の幸を十分堪能する。









そして１９：０２、今日のメインイベントである全体交流会が開始となる。小さな舞台がしつらえられた2階大広間で武田さんがワイヤークラフトを実演する。これは銅線を綿棒に巻いて一部を曲げて、トンボを作るのである。続いてはビーズを使ったネックレスとブレスレット作りも指導、参加者は夢中で作ってできばえを見せ合いにっこりとご満悦であった。

続いてはゲストの高島さんによるミニコンサート、素敵なシャンソンをたっぷりと披露し、最後は皆で声を合わせてシャントウを歌って大いに盛り上がる。

座敷では武田さんが次々に似顔絵を描いている。

続いては「夜店やさん」５軒を開店、これは昔懐かしいオモチャやキャラクターの景品が、番号で区分された台紙に80個ほど貼り付けられているもので、くじを引いて出てきた番号の景品をもらうのである。各自7枚もらったチケットで7回楽しめるのだが、欲しい豪華景品はなかなか当たらない。皆ドキドキしながらくじを引くのであった。
ほぼ全部の景品が出尽くしたころ、愛媛県からはるばる車と船と自転車を乗り継いできた宇都宮さんが２０：４４から、夫妻の10万5千キロの素敵なタンデム自転車ランを、テレビを使って動画でたっぷりと紹介した。スティーブ・シールさんも壇上にあがり、今回は来られなかったエミコさんから皆さんへの差し入れ「マタタビ酒」を披露、夫妻の隣家の手製で1998年物とのことで、あとでロックで頂いた。滑らかでコクのある一品である。最後は大島副代表よりＣＶＪの抱負「ボランティアとアドベンチャーを両立したい」を延べてお開きとし、大変濃い内容の2時間半であった。

そしてお待ちかね、皆が外に出て、1ファミリーに1袋とたっぷり用意した花火を存分に楽しんだのであった。

その後は入浴、そしてアルコールを楽しむ参加者交流会であらためて自己紹介をし、心のこもった感謝の言葉も聞かれたのであった。明日はこの旅のメインイベント「しまなみ海道サイクリング」だ！

7月20日25時　望月
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★ただいま懇親会中

7月20日23時11分　「ささきん」
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★盲導犬のティファちゃんです。
めっちゃかわいい(o^o^o)。つらいバス移動に耐えております。

7月20日10時11分　「ささきん」　車中にて
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★大阪出発
全員集合、尾道にむけて大阪を出発しました。


竹沢代表のご挨拶

7月20日9時30分　「ささきん」　車中にて
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★前泊のボランティア　夕食風景

7月19日19時　「ささきん」　前泊会場にて
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★ゲストの武田さんに似顔絵を書いていただきました～

7月19日19時　「ささきん」　前泊会場にて
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★東京組移動中

7月19日12時30分　「ささきん」

足柄サービスエリアにて昼食中。東京はかなり渋滞してました。あとまだ400キロくらい！とうへいドライバーがんばれ＼(^O^)／

*****************************************************

「しまなみ海道サイクリングの旅」の様子をお知らせします。同行のＣＶＪメンバーからの報告を転載。 </description>
		<link>http://www.cvjapan.org/w/2008/07/17/shimanami-report/</link>
			</item>
	<item>
		<title>自転車雑誌　各誌に記事</title>
		<description>週間輪界レポート2008/6/23号
「週間輪界レポート2008/6/23号」にしまなみ海道サイクリングが紹介されました。

	リンク:週間輪界レポート


サイクルスポーツ７月号
6月20日発売のサイクルスポーツ７月号、インフォメーションのコーナーでページ中央の中抜き1段で、CVJの設立としまなみ海道サイクリングについて紹介されました。
ぜひご覧ください。

	リンク:CYCLE SPORTS.jp

ファンライド７月号
６月２０日発売のファンライド７月号に掲載されました。
インフォメーションＤｉｓｃｏｖｅｒｙのコーナーです。
ぜひご覧ください。

	リンク:funride.jp

Bicycle Club７月号
６月２０日発売のBicycle Club７月号にも掲載されました。
是非ともご一読下さい。

	リンク:@Bicycle


 </description>
		<link>http://www.cvjapan.org/w/2008/07/01/kiji/</link>
			</item>
</channel>
</rss>
