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	<title>サイクルボランティア・ジャパン</title>
	<link>http://www.cvjapan.org/w</link>
	<description>自転車は人生を広める！！</description>
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		<title>東京ウォーターフロントラン(2011/7/23)</title>
		<description>
  猛暑の季節にもかかわらず、最高気温が２８度という涼しい中、快適な水辺のサイクリングは始まった。


  まずは、準備体操で体をほぐす。初参加の方々の緊張をほぐすのも目的だ。


  東京駅前の丸の内のビル群を背景に、４つの班に分かれてスタート


  上野から浅草を目指す。ロードバイク中心の走り屋班、親子連れや実年層以上の方々のゆっくり班など各々の班がペースにあわせて異なったコースを進む、変形ショットガン方式だ。



  ロード班は長めのコース設定で、雷門には2番目に到着


  人の居ない仲見世通りを闊歩する。早朝ならではの醍醐味だ。



  浅草寺で記念撮影。約６０名が自転車を持って集まるとかなり壮観だ。


  再び各班に分かれてスタートし、東京スカイツリーを目指す。


  今回は、母娘でのご参加があった。

  でも送迎はちゃんとお父様が行っておられ、微笑ましいシーンも・・・


  東京スカイツリー直下にて。昨年はまだ４００ｍ超えの高さだったが、今はもちろん武蔵の国のランドマーク、６３４ｍだ。



東京の下町である、江東区中心部、仙台堀川公園の水辺の道を行く。
木道の上を走る感触が、ハンドルを握る手に残っている。


途中一部工事で迂回するも、向日葵の花に見守られて快適に走る。


木場公園にかかる斜張橋で仙台堀川をわたる。

橋の向こうにはスカイツリーが聳えるビューポイントだ。


途中の喫茶店を特別にOpenしてもらい、各班毎に休憩タイム

炎天下を想定して飲み物をたっぷり準備頂いていたが、エネルギー補給のソフトクリームが一番人気だった。


塩浜にある自転車専用のループ橋を行く。丸々２回転をクルクル回りながら登って行く珍しいサイクリングロードだ。


夢の島公園にある第五福竜丸展示館を見学。

福島の原発事故が想起されるが、1950年代には核保有国が実験と称して、桁違いの凄まじい放射線を巻き散らかしていた事実がある・・・


夢の島公園の緑の中を軽快にサイクリング。木陰が気持ちいい。


若洲浜公園の北側にある展望所に向かう。


展望所から砂町南運河をはさんで、対岸をD班が走っている。

皆で手を振るも、残念ながら背後からでは気付いてもらえない・・・



今回参加者の中での最高級バイク「COLNAGO Forever」
全世界何十台かの限定品で百数十万円以上のモデルだ。
ショー以外で、こんな超高級車を見るのも、実際に一緒に走るのも当然初めてだ！


若洲浜公園の東岸のシーサイドを気持ちよく走る。追い風で気分は最高だ。


未だに建設中の東京湾臨海大橋。昨年はまだ真ん中がつながっていなかった。

2011年度内に完成・開通の予定で、スカイツリーに並ぶ一大プロジェクト。



若洲浜側の地上部の橋桁工事。

風力発電のプロペラは南風を受けて良く回っていた。


最後の休憩場所である。豊洲公園を目指す。

既に13時で、だいぶお腹が空いてきた。


ゆっくり班がだいぶ遅れたため、待ち時間を利用して、メンテナンス講習会を実施。

今回は、ブレーキの調整方法とメンテナンスについてレクチャーをさせていただいた。 




豊洲公園にて最後の記念撮影。

季節はずれの涼しさで、バテる様子もなく笑顔満面？



隅田川の河口部分にあるサイクリングロードを北上。


アーバンドックららぽーと豊洲にかかる、跳ね橋と船着場の横を、晴海のマンション群を背景に進む。


っと、ここでパンクのトラブル発生。

一般参加者の方だが、皆で手際良く対処してほとんど遅れなくキャッチアップ。


隅田川にかかる勝鬨橋を渡る。水辺に沿って風が流れて気持ちいい。


「Welcome to Tsukiji」の看板。

名残惜しくも,もうすぐランは終了で後姿が淋しい。（って勝手に感傷的になる）


築地場外市場の駐輪場にてゴール。

先に到着した皆さんが拍手で出迎えてくれる、ちょっと感動のゴールだった。

（文責/写真：瀬戸圭祐）
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一般参加者や会員から寄せられたブログや写真を紹介。

一般参加Sさんのブログ

会員小沢の写真集 　その１　その2　その3　その4
その5　その6

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開催案内
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 </description>
		<link>http://www.cvjapan.org/w/2011/07/28/110723-tokyowater/</link>
			</item>
	<item>
		<title>第４回ふれあいサイクルイベント(2011/6/4-5)</title>
		<description>新緑の「淡路島」で、観光やサイクリング、そして,現地でのすてきな体験・交流のひととき



多くの力に支えられて成し遂げられた楽しい思い出の２日間！　
公式レポートはこちら

主催　サイクルボランティア・ジャパン（CVJ）　青い鳥ことばの会

[Ⅰ]二日間の概要　　＜企画担当＞　大島　政広（おおしま　まさひろ）
「サイクルボランティア・ジャパン」と「青い鳥ことばの会」が共催しての08・09年「しまなみ海道イベント」、10年「小豆島イベント」に続いて、４年目の今年は、名称も新たに「第４回ふれあいサイクルイベント」として、心配された２日目のお天気もサイクリングにとって暑過ぎずかえって都合がよい曇り空というお天気にも恵まれ6月4日（土）～5日（日）に62名プラス日帰りゲスト27名の合計89名もの参加で、新緑の美しい瀬戸内に位置する淡路島を舞台にすばらしい２日間をエンジョイしました。

参加者の内訳は「障害」をもった方30名、CVJボランティア16名（内、関東から５名とゲストとして2名）、一般ボランティア11名、ゲスト27名,家族5名と幅広い参加者が集いました。また、この中には３名の看護師さんがおられ、参加者の健康管理に関わってくださいました。　

　「障害」をもった方が、例年より多く30名（視覚「障害」2名、肢体不自由3名、知的・「自閉」など発達「障害」25名）も参加され、運営面での心配をしたのですが、ボランティアの方々の献身的な協力、「洲本市」と（財）「淡路島くにうみ協会」の後援、多くのゲスト参加、（株）モンベル様から協賛の品をいただくなど、今回のイベントは「多くの方々に支えられ成し遂げられたイベント」だと感じております。

＜第１日目＞　６月４日（土）
＜出発⇒淡路島到着＞
２日間の行程の最初は、まず枚方市、茨木市内２カ所の３カ所からバスに乗り込み、淡路島に向けて出発。バスの後ろには、イベント荷物を詰め込んだバンとタンデム自転車を積んだ軽トラックの２台が続きました。


＜阪急茨木駅集合＞

早朝スタートのため遅刻者が出ないか、またバスが満席となる60名の方々が全員トラブルなく集合してくださるか心配でしたが、全員バスに無事乗車。企画したものにとって誰一人欠けることなく、出発できたことは大きな喜びでした。
ドライバーさんの判断で「中国自動車道」を利用するコースを選択したのですが、折しも6/19で土・日の高速道路1000円の割引が終了するということの影響があるのか、18㌔もの渋滞に巻き込まれ、当初休憩予定のSAまでたどりつけないまま第一回目の休憩。
また、最初の休憩時を利用してボランティアの打ち合わせを予定していたのですが、時間的にむずかしくなり、移動するバス車中で行なうなどして帳尻を合わせ、予定時刻ピッタリ、今回イベントのスタートとゴール地点となる「伊弉諾神宮」に到着。

＜「伊弉諾神宮」＞
「伊弉諾神宮」は日本書紀に伊弉諾大神の「幽宮」（かくりやみや）のある日本最古の神社として知られている由緒ある「神宮」（「神社」ではありません）です。
全員が拝殿に上がり、お払い・巫女さんの舞・玉ぐし奉納などの参拝の後、１人ずつお神酒とお守り札をいただくという、普段経験できない荘厳で厳粛な儀式のひとときを体験させていただきました。また、ここでは「神戸新聞」の取材があり、全員２日間の無事を祈った拝殿前で記念撮影をしました。昼食は、地元のお弁当屋さんに依頼した淡路島特産の食材が積め込まれた弁当をバス車中で食べ、物足らない参加者には、別途おにぎりが30個用意され、全員満腹で福良港に到着。

　

＜伊弉諾神宮でのスナップ＞
＜うず潮観潮船「日本丸」乗船＞
港到着が出航25分前ということもあり、全員その足でうず潮観潮船「日本丸」に乗船し、１時間にわたって国内有数の観光スポットである「鳴門のうず潮」を船に乗って遊覧を楽しみました。
船の出港が12時50分、大潮の時間がちょうど乗船中の13時15分ということもあって自然が織り成すものすごい迫力のうず潮をあちこちで目の当たりにすることができました。また、船から見上げる144m.の橋脚を持つ大鳴門橋の姿も絶景といえるすばらしいものでした。
本来ならば下船時に船乗り場横にある「足湯」を楽しむ予定でしたが、すでにレンタバイクを積んだトラックがサイクリングスタート地点でスタンバイしているということでバスに乗車し、約20分後「土生」港に移動。

　　
＜日本丸乗船＞


＜6/5付「神戸新聞」朝刊・淡路版に掲載された記事＞

＜サイクリング出発＞
観潮船乗船中に、予定していた23台のレンタバイクの内１台がパンクと調整不良で使えないという電話が入り、船中より急遽、新たに１台のバイク手配を（財）「淡路島くにうみ協会」にお願いしたり、伴走トラックにそれを受け取りに行ってもらうための手配、自転車グループの一部メンバー変更などハプニング対応に追われてのスタート地点到着。
サイクリングメンバーは、まずヘルメットの着用と自転車のフィッティングを行い、自転車Aグループ12名、自転車Bグループ13名、タンデムグループ10名の順にそれぞれ責任者が前、副責任者が後ろにつく形でスタートしました。しかし、Bグループのメンバー１人がAグループに紛れこんだり、Aグループではすべて電動レンタバイクにもかかわらず脚力の弱い方のために急遽１人だけ別グループを編成し直したり、タンデムグループでは後部座席に座ったものの乗車ポジションをとれずやむなくメンバーチェンジをするなどそれぞれハプニングを抱えてのスタートとなりました。
しかし、13キロの走行コースはずっと平坦で、車も少なく右手は沼島を眺めながらの海岸線で、潮風に吹かれて心地よいサイクリングを楽しむことができました。
「徒歩グループ」も、途中短時間ですが、「灘黒岩水仙郷」で下車し、大阪湾を目の前に潮風を浴び、１日目ゴール地点の中津川に向かいました。

　　

＜「エトワール生石（おいし）」到着＞
サイクリングの時間が延長したこともあり、宿の到着は予定より40分遅れの17時10分。部屋割に従って入室後、宿・駐車場での「タンデム自転車試乗会」と「入浴タイム」。　到着が遅れたため、当初３グループに分かれ30分ずつの入浴時間を20分ずつにしたこともあり男性風呂は人数が多く大混雑。「タンデム自転車試乗会」を楽しんでおられた方々は21時半からの入浴ということで、全員18時30分歌集を手に１階会議室で「夕食」と「全体交流会」のひとときがはじまりました。宿の「エトワール生石」は、私たちのイベントのために全館を貸切にしてくださいました。

＜「全体交流会」と夜の「参加者交流会」＞　
　「全体交流会」がはじまる前に、今回イベントを後援してくださった洲本市を代表して洲本市副市長の森屋康弘さんが宿舎までおいでくださり“歓迎のあいさつ”をしてくださいました。

全体交流会
その後、「夕食」と「全体交流会」の開始。お待ちかねの夕食メニューは「すき焼き」と「煮魚」をメインとしたご馳走です。「全体交流会」は、食事と並行して行なわれ参加者からの出し物とゲスト出演を合わせ18ものプログラムが予定され、事前の進行表に沿って楽しいひとときを過ごしました。
今年のゲストは4組27名も来てくださり、会場を盛り上げてくださいました。

◎「ひまわり音楽隊」は、村田昌志さん（「宇治作業所」指導員）とその仲間（3人）。２台のギター伴奏で、オリジナル曲やみんなが知っている曲、振り付けのある歌など会場全体がひとつになって歌うひとときを醸し出してくださいました。
◎「徳島県コカリナアンサンブル」は松本郁子さんとその仲間（７名）。コカリナのしっとりと心にしみる音色で、ポピュラーな曲を聞かせてくださったり、カラオケで「さんぽ」という曲をリクエストしていた参加者とのコラボの機会も設けてくださいました。

＜コカリナ演奏＞

また、プログラムが進みこの「ひまわり音楽隊」と「徳島県コカリナアンサンブル」のメンバー全員が舞台に整列し、合同演奏の時間をつくってくださり、「ふるさと」、「浜辺のうた」、「見上げてごらん夜の星を」の3曲をみんなで歌い上げました。
そして、食事が一段落した頃、全員が広いロビーに移動（この間にテーブルの食器をすべて片づけていただきました）して、
◎「阿波踊りの連」；伊達美紀さんはじめ「淡路聴力障害者協会」有志（15名）のみなさんが、鳴り物に合わせて揃いの衣装で本場の阿波踊りを披露してくださいました。中には耳が聞こえず、目も見えない方も踊ってくださり、踊りが進むとそれに負けじと多くの参加者が「オドル　アホウ　ニ、ミル　アホウ。オナジ　アホ　ナラ　オドラニャ　ソン　ソン」と掛け声に合わせて、その輪に入り阿波踊りのひとときを楽しみました。


踊りが終わって、再び夕食会場へ戻り、「全体交流会」の続き。この交流会のためにサックスを持参してくださった橋本さんの演奏、カラオケ発表に続いて
◎「おっかけうた」や「手あそび」をゲストの有松孝子さん（NPO法人キッズナビ「わかば」）といっしょに楽しみました。体の前でパーを作っていたものを次にグーに変えるとついていけなかったり…。若さを保つために脳を鍛え、手指をしっかり動かすことの大切さを再認識させられたひとときでもありました。	
◎こうした合間に舞台そででは「似顔絵コーナー」が開かれ、阪神大震災以来約3000枚以上の似顔絵をボランティアで描いてこられた武田伊三男さんにバス車中で行なった抽選の順に事前に希望されていた方々の似顔絵を描いていただきました。今年は要望が多く、3時間の間に27名もの似顔絵を描いていただきました。

「交流会」の最後は、視覚「障害」をもつ鈴木さんのギターとハーモニカの演奏をじっくり聴かせていただいたり、替え歌に全員が笑いのひとときを過ごし、予定した21時30分ちょうどにお開きとなりました。参加者は部屋に戻り就寝。夕食前に「タンデム試乗会」などでお風呂に入っておられない方は入浴としばらく時間を過ごし、22時からは夕食会場の向かいの「大広間」でアルコール飲料も用意された参加者交流会を行いました。　　

　　


参加者交流会
「参加者交流会」は、ジュースやお酒・ビールなどを呑みながら、ゲストの方々、ボランティアのみなさんを交え、バス車中では顔が見えなかったのですが、お互い顔を見合わせながら改めて自己紹介を行いました。その後は、それぞれ近くに座った方々同士、いろいろ用意された飲み物を酌み交わしながら、教育や子育て、日常のさまざまな思い、イベントの感想などを存分に語り合い歓談のひとときを過ごしました。普段のグチ、悩みを思いっきり吐き出し、リフレッシュし、23時50分には切り上げて室内の片づけを行い、明日からのこともあり、24時に全員就寝しました。


＜宿舎での楽しいひととき＞

＜第2日目＞　６月５日（日）　

＜朝食⇒出発＞　淡路島テレビによる取材
海辺や館内の散策を楽しんだり、朝風呂にチャレンジされた方（風呂のお湯が冷たく断念）など早くから起きておられた方もありましたが、会場に一部空席が見られるなか予定通り７時朝食開始。
１日目のサイクリングイベントを終えて、走るスピードがとてもマイペースな方、タンデムの後部座席に乗るのがどうしてもむずかしい方、リーダーへの指示の不徹底で、タンデムメンバー乗り換え地点でメンバーチェンジがうまくできなかったことなど反省点が多くあり、２日目は距離も30キロと倍になり、交通量も多いことなどから、事故なくスムーズに実施できるよう一部グループのメンバー編成替えや、サブリーダーの変更、コースの再確認の徹底などをこの朝食時に行いました。
イベント実施にあたって「障害」をもった方々30名ほぼ全員と会う機会を持ったのですが、約10名は顔を合わせた程度で普段の生活の様子や自転車の経験について十分わからないまま「保護者の書かれた申し込み用紙」を基にサイクリングとタンデムグループの班編成をしたことが反省の大きな要因でした。
また、この朝食時には昨晩の全体交流会で「阿波踊り」を披露してくださった「淡路聴力障害者協会」の方々が着替えの後すぐに帰られたため、いっしょに手話コーラスができなかった岡田さんのCD伴奏による手話を交えた「スピッツ」の歌を聞かせていただいたりもしました。

食後はすぐ出発準備。それぞれ自転車チェックを終え、徒歩・バス移動グループが一列に並んで拍手で見送るなか、昨日とは逆に「タンデムグループ」を先頭に８㌔ほど先の「大浜海岸」に向け出発しました。
海を背景にそれぞれが出発していく様子は、地元の「淡路島テレビ」が取材してくださり、その後「大浜海岸」での清掃活動と共に「洲本かわら版」というローカル番組で放映していただきました。


＜「大浜海岸」清掃活動＞　淡路島テレビによる取材
宿舎から８㌔のランの途中，湾を横切る橋と温泉地手前の小さな２カ所の上りがあったものの全員元気に出発時と同様良い顔をしながら走る姿をテレビカメラマンに撮影してもらい大浜海岸到着（下の写真参照）。
今回のイベントは地元「洲本市」と財団法人「淡路島くにうみ協会」の後援を受けて実施され、洲本市副市長さんのあいさつ、レンタバイクの提供などさまざまな援助を受けて実現したものです。
また、「障害」をもった方々を含むイベントということでいつもお世話になったり、楽しませていただいたりしてきたのですが、訪れた地で自分たちも何かボランティア体験ができないだろうかと今年度は淡路島の景勝地であるこの「大浜海岸」の清掃活動をすることを日程に組み入れ、洲本市観光交流係のご協力を得て、熊手と軍手をお借りし、約１時間落ちているゴミや松葉を集めるなど海岸美化のための清掃奉仕活動を行いました。
途中、TVカメラが正面で回り続けるなか、約15分間イベントについてのインタビューを受けたり、清掃終了後は、参加者全員が松林の下に集まり番組オープニングの「スモトカワラバン　ハジマリマ～ス」という掛け声を練習し、収録に協力するなどして、地元淡路島の方々に今回のイベントをＴＶで紹介する機会を設けていただきました。

　　
　　
＜清掃活動とＴＶ取材＞


＜記念撮影とオープニング収録＞

また、清掃後、地元で創業100年の歴史をもつ和菓子屋「あさひ餅」特製の大福餅で糖分補給と清掃活動の疲れを癒し、「サイクリンググループ」はさらに海岸線を北上し、次の目的地である就労施設「さくらんぼの里」を目ざしペダルを踏みました。
また「徒歩グループ」は、近くの洲本八幡神社で足湯を楽しみ、その後「ポートターミナル」に移動し、海風に吹かれる散策のひとときをもったり、古いレンガづくりの街並みが残る「洲本アルチザンスクエア」を眺めたりし、洲本市内観光を楽しんだ後バスで「さくらんぼの里」に向かいました。


＜足湯のひととき＞
　
＜「さくらんぼの里」参観と昼食＞
清掃活動をした大浜海岸から「さくらんぼの里」までは約20㌔の道のりですが、200ｍほど手前に「たこせんべいの里」というせんべい工場兼みやげ物屋さんがあり、全員ここで休憩とショッピングタイムをとりました。
ここは無料でお水、お茶、コーヒーなどが提供されており、いろいろな味付けのせんべいの試食もでき、また、行程のほぼ最後ということで、お土産購入タイムとしても利用していただきました。　
就労施設「さくらんぼの里」では、サイクリングで疲れて空腹になるであろうと１日目の素材を重視した昼食と異なりボリュームのあるお弁当を用意し、開放してくださった施設の１階の部屋や外の植樹の下などを利用し、各グループに分かれていただきました。


＜昼食のひととき＞
昼食後は、施設長の藤岡政夫さんより施設の概要や作業内容の話をお聞きしたり、実際に作業部屋など施設の参観をさせていただくなど有意義なひとときを過ごしました。また、藤岡さんはとても気さくな方で、プライベートででも淡路島を訪れることがあれば、地元淡路島の観光穴場スポット・美味の飲食レストランの紹介や案内もしていただけるとのことでした。

＜「伊弉諾神宮」へ感動のゴール＞
下見の折には、２日目の走行距離が30㌔にもなり、スケジュール的に時間が足りなくなって当日は「さくらんぼの里」がゴールになってしまうかもという危惧もあったのですが、全員元気にさらに４㌔先の伊弉諾神宮を目ざしました。
そして、“徒歩グループ”が迎えるなか１日目バスで訪れた神社の駐車場に、晴れがましい顔で全員次々とゴール。自転車を返却した後は、それぞれ交通安全祈願を受けた神社にお礼の報告をし、帰路のバスに乗車しました。

＜２日間の日程を終えて＞
４年間このイベントの企画に関わり、１年目の感想は「一人ひとりが主人公になった日！」、2年目が「思いやりと感動にあふれた2日間！」、３年目は「みんなでつくりあげた楽しい思い出の2日間！」という副題で「報告」をまとめましたが、今回は「多くの方々に支えられ成し遂げられたイベント」という「ことば」がピッタリあてはまるイベントとなりました。

　　
＜大浜海岸での清掃活動とスナップ＞

３年間の実績があったとはいえ、今回初めて「洲本市」と（財）「淡路島くにうみ協会」という２つの公的機関から正式後援が得られたこと。62名の参加者に対しNPO法人「キッズナビわかば」、「ひまわり音楽隊」、「徳島コカリナアンサンブル」、「淡路聴力障害者協会」、似顔絵の武田伊佐夫さんという５つの団体・個人27名のゲストの方々が交流会に参加し、イベントを盛り上げてくださったこと。（株）「モンベル」社からは３年連続協賛品の提供。宿舎である「エトワール生石」のスタッフの方々の協力。「大阪でタンデム自転車を楽しむ会」からはタンデム自転車の貸与。茨木市にある就労施設「ワークきらり」からは大勢の参加者と施設長さんをはじめ職員の方々の協力。「サイクルボランティア・ジャパン」メンバーの多くの有形・無形の援助。また、イベントに参加し、実施のためにあれこれ臨機応変に協力してくださったボランティアのみなさん。スムーズに当日運営ができるよう４度の下見（内、３回は宿泊）に協力してくださった方々などまさに多くの力が結集し成し得たイベントであったと思います。


＜観潮船「日本丸」にて＞

改めて感謝と共に心からのお礼を申し上げます。
余談ですが、来年もこの淡路島を舞台に「第５回ふれあいサイクルイベント」を実施する予定でおります。ぜひ来年もこのイベントに多数ご参加くださり、さらに実りある集いとなるようお力添えをどうかよろしくお願いいたします。


主催者より　「感謝を込めて」
参加者の感想はこちら
ゲスト・ボランティアの感想はこちら


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開催案内はこちら
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 </description>
		<link>http://www.cvjapan.org/w/2011/06/14/4th-fureai-repor/</link>
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	<item>
		<title>ニュージーランド・オーストラリア自転車旅行(2010/12/1-2011/3/23)</title>
		<description>宮田　固


頂上手前で出会ったサイクリストに写してもらいました。

　今回の自転車旅行の予備訓練として韓国釜山とその周辺を自転車旅行した（2010年9月10日～12日）とは言え、サイドバッグ4個（前輪・後輪にそれぞれ2個）、フロントバッグ1個それに後輪荷台にリュックサックを積んでの旅行は夫婦二人とも初めての経験。

＜ニュージーランド編＞
　不安だらけの中、2010年12月2日、ニュージーランド（以下NZ）･オークランド空港に到着。翌3日から南に向けて自転車を漕ぎ出しました。当初はあまりの荷物の重さにハンドルを取られ、ふらつきながらの自転車走行で、もう後戻りは出来ないし、正直なところ、南島まで無事辿り着けるかな、と思いながら街を走りだしました。

　2日目から、緑が鮮やかでゴルフコースのような牧場が左右に広がり、羊・牛が草を食んでいるのどかな風景に変り、自転車走行に慣れてくると、余裕が出き、不安な気持ちは徐々に薄れ、「何とかなるんじゃないの」へと変って行きました。

　一般道路は「自然をできるだけそのままにする」のが国策なのか、建設費を抑えるとそうならざるを得ないのか詳しいところは分かりませんが、トンネルはなく道路はアップダウンの繰り返しで、丘を上っては下りる、そんな感じでした。
　時には、川に架かる橋を越えると丘というか峠への険しい上りが待っていて、それを乗り越えると、今度は一気に川底に向けて下りで、また、峠に向けて険しい上りが待っているということもしばしばでありました。

　基本的にNZ・豪州とも晴走雨休で、走行距離は一日50km前後、雨が降らない日はテント泊まりにし、雨が降ったり疲れた日はユースホステルやBackpackersホステル泊まりにしていました。旅行全行程を通じて、凡そ7割がテント泊でした。
　NZでのキャンプ場はキッチン設備が充実し、大抵、ガス・電気コンロ・食器が備えてあって、自由に使え、キャンピングカーでのNZや欧米の長期旅行者が大勢います。2ヶ月、3ヶ月と旅行している者はザラで、老夫婦で旅行している人達にもよく会います。大勢の外国人にも会いました。ドイツ人やフランス人が特に多かったように思います。
　NZではホステルも同じようにキッチン設備が充実しているのが大助かりで、食事は基本的に近くのスーパーで買い出しをしてキッチンで自炊していました。安く上がり、しかもいろんな人と知り合いになり、旅行情報も得られるとあって一石二鳥で楽しいものでした。キャンプ場で韓国、中国（台湾？）の若者にはしばしば会ったものの、日本人の若者に会うことはほとんどなかったのが残念でした。

　そんなこんなでNZでは、北島は途中、親切なNZ人に100kmほど車に乗せてもらった以外はオークランドから北島の端、ウエリングトンまで600kmほどを縦走し、12月17日に到着しました。翌18日、対岸の南島に渡り、東海岸線を南下し鯨ウオッチングで有名なカイコーラの町でクリスマス、大晦日・正月はクライストチャーチで過ごしました。
　その後は南島の中間部を走り、ミルフォードサウンドに近い観光地で有名なクィーンズタウンに1月15日到着。自転車での総走行距離は1600kmほどになりました。ここで一旦サイクリングを中断し、19日からレンタカーを借りて南端部やダニーデン・オタゴ半島を通って西海岸を走り、1月27日クライストチャーチに戻り2月1日次の訪問地、メルボルンへ向いました。


昼食休憩：自転車を止める場所を捜すのに苦労していました


ずっとこんな道路が続けばいいんですが

＜オーストラリア編＞
　メルボルンに到着した日は熱風が吹く暑い日だったのと、泊まったホステルがよくなかったこともあり、これまで何度もいい所だと耳にしていたタスマニアへ行くことにしました。
　2月4日、メルボルンからフェリーでタスマニア北部の町、デボンポートに渡り、自転車旅行を再開。東海岸を通って、2月20日州都ホバートに到着しました。そこからバスで北部第2の都市、ローンセストンまで戻り、最後、デボンポートまで自転車で走り、27日の夜行フェリーでメルボルンに戻りました。
　タスマニアでの走行距離は860kmほどになりました。こちらもNZ同様坂の多いところで、アップダウンの連続に音を上げることしばしばでした。東海岸に出るまでサイクリストには一人も会わず、選んだコースが悪いのかな、と寂しい思いをしながら走っていましたが、東海岸に出てからはしばしばサイクリストに出会うようになりました。やはりここでも、ドイツ人、フランス人が多かったように思います。日本人サイクリストはホバートで二人会っただけでした。

　3月1日、メルボルンから西に60kmほどにあるGeelongまで走り（40km弱自転車で走り、交通量が多いので途中で電車に乗り換えました）、そこからアデレードに向って西海岸沿いに延びるグレートオーシャンロードを走り出しました。これまでに出会ったサイクリスト達から「この道路はいいところだ」と聞いていたので、平坦な海に沿って延びる広々とした道路を頭に描いていましたが、アップダウンの多いところでフーフー言いながら走っていました。
　アデレードまでと思って走ったものの結局、アデレード手前600kmほどのポートフェアリという町まで走ったところで走行を断念。そこで折り返しワーナムブールという町まで自転車で戻り、汽車でメルボルンまで引き返しました。
　メルボルンからグレートオーシャンロードを含めたオーストラリア本土での走行距離は470kmになりましたが、自転車走行中サイクリストには誰一人にも出会うことがなかったのは意外でした。本土でのキャンプ場はキッチン設備がないところも多くて、NZでの楽しかったキャンプ生活が懐かしく想い出されました。

　NZ、豪州のタスマニアとグレートオーシャンロードまでは自転車とキャンプ生活だったのが、最後の2週間ほどは旅行で知り合ったオーストラリア人の家にお世話になりっ放しになり、結局、時間がなくなりアデレードへ行くのを断念、汽車でメルボルンに戻ることになってしまいました。
　東日本大震災のことはポートフェアリの知人宅で知りましたが、連日、津波被害と福島原発事故の映像報道が流れていて、スーパーで買い物をしている時や道を歩いている時に日本人と分かると、しばしば慰めの言葉を頂きました。


タスマニアもNZに引けを取らず坂の多いところでした


タスマニア東海岸にて

＜参考データ＞
[ニュージーランド]
●期間：2010年12月2日～2011年1月31日（62日）
●行程12/1（成田）－＞12/2（Auckland）－＞12/6（Raglan）－＞12/10（National　Park）－＞12/7（Wellington）－＞12/23（Kaikoura）－＞12/30（Christchurch）－＞1/7（Lake　Tekapo）－＞1/12（Wanaka）－＞1/15（Lake　Tekapo）－＞1/14Queenstown）－＞1/7（Lake　Tekapo）－＞1/23（Fox　Glacier）－＞1/26（Christchurch）－＞2/1（Melboune）
●自転車走行コース：北島Aucklandから南島Queenstownまで（北島で途中100kmほど車に乗せてもらいましたが）自転車で走り、腰痛のためQueenstownで自転車走行を断念し、ﾚﾝﾀｶｰを借りて西海岸経由Christchurchまで戻る。
●自転車走行距離：1780km（北島 590km、南島 1190km）

[オーストラリア]
●期間：2011年2月1日～2011年3月23日（51日）
●行程：
2/1（Melbourne）－＞2/4（ﾀｽﾏﾆｱ　Devonport）－＞2/9（Bicheno）－＞2/15（Port Arthur）－＞2/20（Hobat）－＞2/23（Launceston）－＞2/26（Devonport）－＞2/28（Melbourne）－＞3/1（ｸﾞﾚｰﾄｵｰｼｬﾝﾛｰﾄﾞ Geelong）－＞3/3（Apollo Bay）－＞3/10(Port Fairy）－＞3/15（Werribee）－＞3/23（関空）
●自転車走行コース：
ﾒﾙﾎﾞﾙﾝからﾌｪﾘｰでﾀｽﾏﾆｱの北部の町、Devonportに渡り、そこから自転車旅行を再開、東海岸を経由して州都、Hobartまで走った後、バスでLauncestonまで戻り、そこからDevonportまで自転車で戻る。ﾌｪﾘｰでﾒﾙﾎﾞﾙﾝに渡り、海岸線に沿って延びるｸﾞﾚｰﾄｵｰｼｬﾝﾛｰﾄﾞ経由ｱﾃﾞﾚｰﾄﾞを目指したが、距離にして1/3くらいのPort Fairyでｱﾃﾞﾚｰﾄﾞ行きを断念し汽車でﾒﾙﾎﾞﾙﾝに戻る。
●自転車走行距離：1330km（ﾀｽﾏﾆｱ 860km、ｸﾞﾚｰﾄｵｰｼｬﾝﾛｰﾄﾞ（豪州本土） 470km）

[自転車]
●TREK　7.5FX　ｸﾛｽﾊﾞｲｸ（夫婦同じ自転車にしました。ﾄﾗﾌﾞﾙ発生した時にお互いの自転車を見比べれば原因解明が容易と考え）
●ﾀｲﾔ、ﾁｪｰﾝ、ﾌﾞﾚｰｷｼｭｰ、ｽﾎﾟｰｸ（荷物を多く積むことになる1台のみ、32本に組み替え）のみ改良
●ﾎﾞﾄﾙ･ﾎﾙﾀﾞｰｹｰｽを一つしか自転車ﾌﾚｰﾑに取付けられないので不便(ﾍﾟｯﾄﾎﾞﾄﾙを荷台にくくりつけていた）

[荷物]（各一人分）
●ｻｲﾄﾞﾊﾞｯｸﾞ　4個（前輪 X 2、後輪 X 2）
●ﾌﾛﾝﾄﾊﾞｯｸﾞ　1個
●ﾘｭｯｸｻｯｸ（後輪荷台　ﾃﾝﾄ他嵩張るものを収納）
総重量（二人で80kg～90kg自転車・ｷｬﾘｱ・ﾊﾞｯｸﾞ込み）。他のサイクリストと比べても荷物が多くて、NZで輪行袋、ﾗｼﾞｵ等日本に送り返して11kgほど減量した。

[自転車ﾄﾗﾌﾞﾙ]
●ﾊﾟﾝｸ一度もなし
●ﾌﾞﾚｰｷﾜｲﾔが切れかかり、Kaikouraの自転車でﾜｲﾔ交換
●ﾁｪｰﾝが走行中、2度はずれた

[失敗等]
●両替したNZﾄﾞﾙ・豪ﾄﾞﾙそれぞれ10万円相当、家に置き忘れてしまった。支払いはほとんどｸﾚｼﾞｯﾄｶｰﾄﾞで済ますことができたが、中には現金しか使えない時があり、心細い思いをしたこともあった。
●友人等のﾒｰﾙｱﾄﾞﾚｽを控えてくるのを忘れてしまった
●紛失：自転車用ｳｲﾝﾄﾞﾌﾞﾚｰｶｰ、ﾀｵﾙ2本、ｺﾝﾀｸﾄﾚﾝｽﾞｹｰｽ
 </description>
		<link>http://www.cvjapan.org/w/2011/05/26/201112nz-au-tour/</link>
			</item>
	<item>
		<title>被災地ボランティア活動（2011/4/30-5/1）</title>
		<description>4/30（土）、5/1（日）と自転車バトラー隊隊長の呼び掛けに応じ、4名が東日本大震災被災地ボランティア活動を行いました。
活動拠点は、宮城県内で唯一県外ボランティアを受け入れている「岩沼市災害ボランティアセンター」。土砂などを運び出す一輪車のパンク修理など資材整備を担当することに。岩沼市は小型飛行機が流されている映像で有名となった仙台空港のすぐ近く、海沿いなので津波の被害が甚大でした。

1名は仕事が見つかったものの、残りの3名は次の作業まで数時間がありました。そこで建築士であるメンバー他2名は近くの被災した岩沼教会へ行き、被災した建物の復旧方法のご相談を受けました。岩沼教会は築81年の絵本に出てくるような美しい石造りの教会です。


教会は塔と礼拝堂から成り、損壊が著しいのは塔でした。



この教会は地震の無い国の作り方。石を積んでその間をモルタルで固めたもので、揺すられれば崩れるものだという事、そうならないためには鉄筋を入れたコンクリート壁にする必要がある事、を建築士メンバーは牧師さんに説明していました。



ただし礼拝堂は両壁に梁が渡してあったため、損傷はなく、その梁を下から支えてあげれば問題ないということでした。問題は塔で、美しい現在の外装を保とうとするならば、石の壁は飾りとし、その内側に塔を支える鉄筋コンクリート壁を建て、それに石の1つ1つをアンカーで固定するという方法があるとのことでした。

西洋の重々しい完全な石造りの教会とは異なり、壁や窓枠や床に磨きこまれた黒光りしている木を使っているため、温かみのある素晴らしい教会でした。ぜひ残してもらいたいと願いつつ、美しく、歴史的にも重要な教会を見せて頂いたことにお礼を言ってお別れしました。
ボランティアセンターに戻り、20名程度でグループ分けされてミーティングをし、注意事項を簡単に説明され、リーダーが指名されました。
　マイクロバスで現場へ向かうと、そこは学校や工場や住宅に囲まれた30x30m程度の広さを持つ畑で、後でメンバーの一人が調べたところ、海岸線から直線で2.4km離れていました。
有機野菜を育ててきたその畑は津波と共に流れて来た松の枝、藁、ノイバラと泥が混じった10センチ程度の厚さの泥の層で覆われていました。
私達の作業は、この層を取り除くこと。その後、石灰などでpH調整し、畑として使うそうです。実際の作業は、ゴム手袋で泥や藁の塊を丈夫なゴミ袋に持てる程度の重さまで入れて、袋が幾つか溜まると一輪車で畑の入口に積んでおくというものでした。

50分やって10分休憩、を2度繰り返して終了、という2時間作業を20名程度でおこないましたが、午前にも作業されていたのでほぼ終了し、翌日の午前中にもう一度入れば片付け終わるだろうとの事でした。



もう1名は個人の住宅の敷地内の泥掻きをしました。泥は固まって、男性でも剣スコップという先の尖ったもので無ければ歯が立たなかったそうです。通常のスコップは重いので、特に女性には全く役にたたず、やや小さ目のものを借りてようやく泥をゴミ袋に入れる作業ができたという事でした。40-50枚ほどあったゴミ袋は全て使い切ってしまったので作業終了となったということでした。

仕事をしてセンターに戻ると、高圧洗浄機で長靴を洗い、ゴム手袋やスコップは盥で洗って、終了です。



炊き出し隊がラーメンを振る舞ってくれ、ご馳走にもなりました。
カナダ人の大学教授という小柄な女性も茨城から駆け付けて参加されていました。
宿への帰りがけに、海岸の方へ被災状況を見に行きました。車を走らせてすぐにこれまでの景色は一転し、破壊され尽くした世界が突然目の前に現れました。流されてきた泥が乾いて風に混じり、独特の匂いがし、恐らく田んぼであったであろうそこには、トラックが落ちたままになっており、屋根だけが2軒分流れ着いており、電柱は倒れ、着物が引き出しごと放り出され、道路は崩れたままになっていました。津波の爪痕がそのまま残されており、私達は言葉を失いました。



海岸とほぼ隣接していた住宅地は悲惨でした。家はほぼひっくりかえっており、立っていたとしても壁が丸裸に剥ぎ取られ、家財道具が丸見えになっていました。


その中で神社の社や鳥居だけは不思議とほぼ無傷で立っていました。また近くには遺品だと思われる宝石箱、真珠のブローチ、古い葉書の束、ビデオカメラなどが綺麗に並べられていました。
私達はさらに海に近づき、大半の箇所で津波で壁がえぐり取られた堤防を見ました。堤防は幅10m、高さも同じくらいで、なだらかな山型に作られていたにも関わらずです。場所によって海側がえぐり取られたところもあれば、陸側がえぐり取られたところもありました。こんな巨大なコンクリート構造物が使い物にならなくなるまで破壊されているのを見て、津波の力が想像を超えていたことに気付き、初めて恐怖を感じました。


その後、真っ暗な仙台空港や流された小型飛行機を見つけたりしつつ、宿へ向かいました。
宿の輪王寺に着くと、自転車バトラー隊の小島隊長がミーティング後、私達を待っていて下さり、握手を交わし、『緑の防潮堤』の話しを御住職から聞くと良い、と教えて頂きました。小島さんは別の宿へ戻られました。

翌朝、御住職から300kmの海岸線に沿って地面を掘り起こし、24年分の廃棄物処理量である瓦礫を埋めて土を被せ、それでできた山の側面に木を植える緑の防潮堤のお話を聞きました。コンクリート堤防と違い、水をはじき返すのではなく、吸い上げるので強度があり、植える樹木は松など今回の津波で悉く流された浅根性の樹木は避け、残った深根性かつ潮風に強い樹木を植えて人々の憩いの森にする、という計画です。
これは植物生態学の世界的権威である横浜国立大学名誉教授の宮脇昭氏の提言であり、昨日内閣府に提出したとの事でした。既に荒浜海岸で試験が始まろうとしているとも。希望が持てる話を聞く事ができ、本当に嬉しく思いました。
災害復旧の小さなお手伝いをしつつ、被災状況と立ち上がろうとしている東北の方達の力を感じ、今後もできることをしていきたいと感じつつ仙台を後にしました。



（文責：北林麗子）


被災地体力支援・自転車バトラー隊
http://www.facebook.com/311butler


 </description>
		<link>http://www.cvjapan.org/w/2011/05/20/110430butler/</link>
			</item>
	<item>
		<title>タンデム自転車体験会(2011/5/8)</title>
		<description>
大阪市内にある「大野川緑陰道」で、大阪視覚障害者の生活を守る会・主催、大阪でタンデム自転車を楽しむ会・協賛による「タンデム自転車体験会」が行なわれました。
   
  深夜に雨が降り、朝方も曇り空でしたが、イベントが始まる前からはどんどんと天気もよくなり、自転車に乗ると汗が出てくるといった状態の中での開催でした。
   
  視覚「障害」のある方20名、ガイドへルパー、ボランティア、家族など約70人が集まり、ここが大阪市内とは考えられないくらい木々の緑がいっぱいあふれた整備されたサイクリング道を利用（片道約２㌔のコース）してのタンデムイベントです。
    
 CVJ関係者は7名がパイロットとして参加し、用意された13台のタンデムの内６台のパイロットを担当し、視覚「障害」をもった方々とサイクリングのひとときを楽しみました。
  また、CVJとしては、パイロットとしての役割を果たしただけではなく、「タンデムを楽しむ会」としての挨拶を大島が担当したり、タンデム自転車の整備を友田中心に協力したりもしました。
   
  イベント終了後には、各団体のメンバーが集まって反省会。今後の定例会について、タンデムパイロットの手引き作成のことなどを話し合ったり、主催者側の参加メンバーとの交流を行なうなどして半日を過ごしました。
  トップの写真は開会式の様子、下の1枚はサイクリング出発地点でのスナップです。


本イベントが「あおぞら財団」のHPで紹介されています。
  


  大島政廣記
 </description>
		<link>http://www.cvjapan.org/w/2011/05/11/tandem-taikenn2011-5-8/</link>
			</item>
	<item>
		<title>ＣＶＪ関西　春のラン(2011/4/17)</title>
		<description>開催：2010,4.17（日）晴れ
コース：奈良ハーブクラブから布目ダム往復
隊長：スティーブ　
隊長代行：西川

春の日差しが気持ちよく、１０時、予定者８名全員が集合してスタート。



スタートからいきなり下り。その後、２キロ平地が続き峠へ向かいます。



峠を越えると「春日神社」でお参り。ここには村指定文化財の能舞台があります。
そこから、ひたすら緩やかな下りで布目ダム到着。




桜が所々満開で迎えてくれます
桜というのは空を向いて咲くのではなく、我々の方を向いて咲くのが多いことにお気づきですか？だから人はこんなに桜を好きになるのでしょうか？

桜の花びらが舞い散る所を自転車で潜り抜ける瞬間は、サイクリストとして最高のひと時ですね。
奈良市内では桜はもうお終いですが、布目ダム近辺はまだまだ満開の桜が多く時期の選定は、ばっちりでした


布目ダムで休憩のひと時、スティーブの友人ポールさんからチョコレート・豆を頂き友田さんからも、色々なお菓子も頂きました。ありがとうございます。又お願いします(笑)。

さあ、いよいよ帰路に入ります。
的野近辺に大照寺の「枝垂れ桜」かなりきつい坂を２００メートルほど上るとその桜はあります。



天然記念物ゆえカメラマンがそこかしこにいます
撮影上邪魔になる看板を抜き取り、マジで撮影する方もいます




ヒイヒイと自転車を押して登る者あり、ピヤーっと登る者ありです。
なかなかの、枝の垂れ具合です、自分の木の高さより垂れた枝が長い所がありかなり面白い写真が撮れるはずです。


一路自転車はスタート地点のハーブクラブへ。
1：30に到着し、お昼ごはんは、ハーブクラブのランチで舌鼓を打ちイベントを終了しました。



終了後、希望者にＭＴＢコースを紹介しました。
ぎっくり腰の私は紹介のみで走れず、スティーブ隊長も走りませんでしたが、２名が走りました。
２周ですが楽しんでもらえたかな？
いつかこのコースを使ったイベントを開いてみたいです。

参加者 CVJメンバー3名、一般参加者5名

以上
文責：西川　正樹
**********************************************
隊長 スティーブ　の撮影した写真を掲載します。










 </description>
		<link>http://www.cvjapan.org/w/2011/04/20/2011-4-17kansai-haru-run/</link>
			</item>
	<item>
		<title>2011/2/20久我山青光学園のタンデム自転車体験会</title>
		<description>視覚に障害のある小学生から中・高生(盲学校・弱視学級)に自転車に乗る楽しみを知ってもらうイベントが開催されました。
会場: 久我山青光学園校庭 (前久我山盲学校)



主催は、久我盲クラブ(久我山盲学校の在校生・久我山盲学校の卒業生を中心とした余暇活動のクラブ)。

タンデム自転車交流協会(廣田の所属するグループ)として、開催に協力しています。他に竹沢代表と野原がボランティアとして参加しました。

関係者は12時半に集合、簡単に打ち合わせをして1時から活動開始。
児童13名の参加が予定されていましたが、風邪が流行ってしまったらしく、来ることができたのは5名。
主催者の黒田さんの号令で、準備運動。

タンデム自転車に初めて乗る児童が3名いたので、タンデム自転車の構造を触ってもらい、前の人が運転すること、後の人のハンドルは動かないこと、前の人のペダルと後の人のペダルが連動していることを知ってもらいました。

タンデム自転車で、最初の難関は走り出しです。
同乗者は先にペダルに足を乗せてしまうので、自転車を少しでも傾けてしまうと、どんなに力持ちでも支えることはできません。逆に言えば、運転者が自転車を真っすぐに立てておけば、全ての重さは自転車が支えてくれます。そのことに気をつけて、手順を踏めばすぐに走り出すことができます。


校庭で練習したあと、慣れたら学校内の舗装路を速度を上げて走りました。
今回、参加者が少なかったので、保護者の方にもどんどん運転して貰いました。「速い速い」「面白い」「気持ちいい」「楽しい」子供たちに喜んでもらえたようです。

途中休憩の後は、
・ゆっくり走ることの重要性とコツ
・急停車の方法
を教えて、各々練習してもらいました。
この二つを上手くこなすには、同乗者の協力も必要です。
子供たちも自分の役目を理解して、真剣に練習していました。


四時までたっぷり走って解散しました。
なお、久我盲クラブは、再来週の3月6日(日)に東京サイクリング協会のみなさんとパレスサイクリングコースでタンデムサイクリングとのことです。

タンデム自転車交流協会のブログにも記事を載せました。

廣田和彦　記
 </description>
		<link>http://www.cvjapan.org/w/2011/02/23/110220kugamou-tandem/</link>
			</item>
	<item>
		<title>台湾ラン（2011/1/6-10）</title>
		<description>CVJのプライベートランとして2011/1/6～1/10の5日間で台湾ランが行われました。
参加メンバーのレポートを掲載します。
＃1　大島　政廣 
＃2　栗山　勝吉
******************************************
＃1「台湾サイクリング」（2011.1.6-15）           大島　政廣 

今年は新年早々から、通算71回目、台湾に限っていえば19回目の海外旅行を楽しみました。
10日間滞在の最初の５日間の日程は「サイクルボランティア・ジャパン」の呼びかけで開催されたサイクリングイベントです。
行程は、台北(泊)～嘉義(泊)～台南～高雄～四重渓温泉(泊)～ガランピ岬（台湾最南端）～花蓮(泊)～台北とバスで台湾一周をしながら、毎日30~50kmの行程をサイクリングするというイベントで、関西から９名、関東から４名の合計１３名が参加しました。

＜タロコ渓谷にて筆者＞


＜第一日目（1/6＞　大阪～台北
大阪から参加のメンバー９名は、最近就航した格安運賃のジェットスター航空（大島の場合、２０kgの荷物OKで往路12000円、帰路8000円の合計２万円ジャストという価格←別途日本と台湾の空港使用税、オイルチャージ、航空保険で7000円余りの合計28000円弱が航空運賃でした）に搭乗し、夕刻の台湾着。その足で路線バス、地下鉄と乗り継ぎ台北駅北側に位置するホテルに21時半チェックインし、羽田から台北入りした関東メンバーと合流しました。

＜台南市にて＞13名のメンバー

関西の９名のメンバーは、以前から知り合いの自転車仲間が大半ですが、カメラマンとして参加してくださった柴田さん（このイベント中にCVJに入会してくださいました）とCVJメンバー栗山さんの奥さんの二人はバスに乗っての応援部隊として台湾観光をいっしょに楽しみました。
この日は、チェックインが遅いということもあり、近くの食堂で魯肉飯（ルーローハン→そぼろ味付けミンチ肉がのった丼20元＝60円）とビール・日本酒で夕食をすませたのですが、ホテルそばのコンビニ（台湾にはセブンイレブンやファミリーマートがたくさんあります）で、たくさんの飲み物とアテを買い込み、ホテルの部屋に有志のメンバーが集まり、久々の再会を喜び深夜２時半過ぎまで大宴会のひとときを楽しみ就寝しました。

＜第二日目（1/7）＞　台北～嘉義（鹿港～濁水渓サイクリング　30km）
　7時モーニングコールで、ちょっと寝不足気味だったもののホテルでしっかり朝食をとり８時バスで出発。
　途中、台中市で野外にとても大きな布袋様のある宝覚寺を観光しました。何度もここに来ているものの「第二次大戦中の日本兵と現地の台湾の方が日本軍属として出陣し亡くなった方々の墓」があることを今回初めて知りました。お寺の入口近くに「現中国政府の指導者の名前を列挙し糾弾するポスター」がたくさん貼られ国際緊張を感じさせる中での拝観だっただけに、それぞれの碑に深々と頭を下げ、平和への思いを新たにしました。
　昼食をとったのは、ここからさらに南に行った「鹿港」（ルーカン）という古い港町。
　ここは小さめの牡蠣をお好み焼き風に焼いて食べる「オアゼン」（50元＝150円）が有名で昼食としました。
また、以前ここに来た時に登山用のストック（１本の杖が３つの部分からなり、それぞれのパーツが伸び縮みし、内部にバネが入っており優しく接地できる本格的なもの100元＝300円）を露天で買っていたこともあり、今回も同じ店を探し予備として１セットを今回も100元で買い込みました。
　この鹿港が、この日のサイクリング出発地でしたが、一路南へ向かい「濁水渓」まで30kmを追い風に乗り、とても気持ちのよいサイクリングを楽しむことができました。

＜１日目サイクリング出発＞


　夜はホテルで７菜１湯の「台湾料理」をいただいたのですが、昨晩の深酒もあったためアルコールは控え、また夜の「宴会」も自粛（？）し、食後は嘉義駅近くにあった台湾名物の夜市観光を楽しんだり、部屋で洗濯をするなど健全（？）な夜を過ごし就寝。

　＜第三日目（1/8）＞  嘉義～台南～高雄～ガランピ岬～四重渓温泉（四重渓温泉⇔ガランピ岬往復サイクリング 50km）

昨晩宿泊した嘉義市は、北回帰線（北緯23・5度）が通る町ということで、日本統治時代も含め数多くの歴代の碑が残され、また大きな塔（内部が展示室）の建つ公園一帯を散策した後、バスで台南市へ。ここは台湾の英雄（オランダ統治を打ち破った）・鄭成功を祀る「赤嵌楼」と「延平郡王祠」の２カ所を観光し、台湾南部の大都市高雄市へ。
蓮池潭（レンチータン）では、湖に浮かぶ龍とトラを象った二つの塔に入ったり、土産物へ立ち寄ったりして、さらに南下し、この日は、四重渓温泉入口から台湾最南端ガランピ岬までを往復する50kmのサイクリング。


＜高雄＞蓮池潭にて


途中リタイヤされた方をピックアップする際のハプニングがあったりして、藤田さん・稲地さんの２名を除くメンバーは、ガランピまでの片道サイクリングとなりましたが、ガランピ岬では夕暮れのバシー海峡や24km先まで光が届く東洋一と言われる灯台などの観光を楽しみ、四重渓温泉へ。


＜四重渓温泉の宿泊ホテル前にて＞


ここのホテルは高台にあり2000坪の広さを誇る露天風呂（いくつも湯温や効能が違う風呂やたくさんのドクターフィッシュが角質をとってくれる足湯などがあった）を備えたりっぱなホテルで、夜は「郷土料理」をいただき、それぞれ温泉でサイクリングの疲れを癒しましたが、以前、この地を訪れたこともあり、５人の有志メンバーと共に近くの公衆浴場（無料）に行き、地元の方々との温泉体験を楽しんだりもしました。

＜第四日目（1/9）＞　四重渓温泉～花蓮（大武～台東サイクリング　40km）
　昨日までは、西海岸・台湾海峡を右に見ながら南に下りましたが、この日は四重渓温泉からバスで東海岸へ出た、太平洋に面する大武から台東まで北に向かうサイクリングを開始しました。

＜サイクリング出発前＞


当初、花蓮のアミ族文化村のショーの予約から逆算（昼食・移動・観光の時間など）し、９時半から１２時半の３時間で、予定した40kmのコースを走り切るつもりでスタートしました。
ところがとても強い向かい風・坂道の連続で休憩なども入れながら走ると最初の１時間で進めたのは10kmほど。この後も坂道のコースが続き、これでは予定の台東まで到着しそうもないということで、ドライバーさん・ガイドさんと相談し、昼食はバス車中ですますこと、途中の下車観光予定地を２つパスすること、北回帰線はトイレ休憩のみで済ますなどの時間調整を行い、サイクリングの予定を１時間延長し、13時30分まで進めるところまで行き、もし台東に到着しない場合でも全員がバスに乗るということでサイクリングを再開しました。
その後も全員の走行ペースの違うことからくる休憩の繰り返し、距離が離れすぎ後方からの連絡がうまく伝わらなかったり、国道分岐点でのメンバーのすれ違い、リタイアによるバス手配の連絡、道路標識のあいまいさなどいろいろな要因が重なり、１３時半から１４時にかけて全員が台東手前でバスに乗車（ここでもちょっとしたハプニングがあったのですが割愛させていただきます）し、途中のコンビニでそれぞれ昼食を買い込み、花蓮に向かいました。
途中、小雨の降る中、昨日の西海岸同様東海岸にある「北回帰線」の碑がある公園でトイレ休憩をとり、ショー開始10分前の17時20分「アミ族文化村」に無事到着し、カラフルな衣装を身にまとったアミ族の民族舞踊・結婚式の様子、バンブーダンス、最後には観客も舞台に出ていっしょに踊ったりして約１時間のショーを楽しみました。

＜北回帰線の碑＞


翌日が帰国ということで、事前に花蓮のホテルでは13名が一つのテーブルを囲めるようお願いしていたところ他の客がいない部屋を貸し切りにしてくださり、台湾最後の晩餐をドリンク呑み放題（事前に集めていた共通会計より出費）で、おいしい「広東料理」をいただきながら、全員が感想を述べ合っての「反省会」も行ない楽しかった４日間の行程を振り返りました。


＜「花蓮」のホテルでの晩餐会の１コマ＞


また、有志のメンバーは台湾最後の夜ということでカラオケを楽しんだり、各部屋で宴会など思いおもいにひとときを過ごしました。

＜夜はカラオケも＞


＜第五日目（1/10）＞　花蓮～台北（天祥～太露閣ゲート　サイクリング　25km）
　最終日、大島を除く関西メンバー８名は帰国便の関係で、早朝、花蓮空港から国内線・バス・国際線を乗り継いで帰国の途につきました。

＜関西メンバー帰国＞花蓮空港　

関西メンバーを花蓮空港で見送った後、９時ホテルをチェックアウトし、関東メンバーと共に台湾有数景勝地タロコ渓谷に向かい、その終点の天祥からこの日のサイクリングを開始しました。

＜天祥出発前＞

前日までのサイクリングでは、坂道・気象条件などもあったのですが、各自マイペースのランでメンバーが何kmも離れてしまうということがあったので、その反省として同行のメンバー同士の心が通い合い、お互いにコースを共感できるようなランにしようにということで５人がまとまるような形で走行しました。
コースはタロコ渓谷に沿っての下りで、時折寒い小雨混じりの天候だったもののランとしては快適なコースでしたが、いたるところ断崖を削って道がつくられていたり、トンネルがいくつも掘られていたり、道幅が狭いところがあったりと注意を払いながら台湾の誇る景勝地のサイクリングを楽しみました。

＜タロコ渓谷にて＞

　　　　　
＜観光地の自転車置き場＞　　　


＜ゴール地点にて＞


10時にスタートし、途中観光スポット２カ所で休憩・記念撮影をし、11時半タロコ渓谷入口に立つ「タロコゲート」で、４日間のサイクリングのゴールを迎えました。
ここからバスに乗車し、一路台北へ向かったのですが、途中、南渙のレストランで「牛肉麺」（70元＝210円）の昼食をとり、冷えた体を温めました。また、ここではテーブルに置かれた「麺」に入れるラー油の辛さに試食した全員があまりのすごさに咳き込むと言うハプニングもあったりもしました。
無事、台北入りしたものの予定時間オーバーのため、予定の市内観光はキャンセルし、関東メンバーが帰路につく松山空港に直行し、到着が15時35分。
自転車持参メンバーの輪行を待ち、チェックインをちょうど搭乗２時間前に済ませた関東メンバーを２階の出国口でお見送りし、大島はさらに５日間の台湾プライベート旅行の第１夜を過ごす台北市郊外にある「北投温泉」へMRT（地下鉄）で向かい、宿探しをすませた後、公共浴場、そしてホテルの温泉でゆったりと５日間の疲れを癒しながらサイクリングの旅を振り返り、明日からのプライベート旅への思いをはせました。


******************************************
#2『台湾新春サイクリング』　      　栗山　勝吉

近くて遠い国、台湾に初めて行くことになって、そのことを妻に話したら「私もお手振りで、ついて行きたい！」ということで夫婦で参加しました。

＜栗山さん夫妻＞

台湾では、伴走バスに護送されて、４泊５日の夢のような旅をさせていただきました。
　１月６日夕方、「中正国際機場」（桃園空港）に着いて、懐かしい旧漢字が目立つ台北市へ路線バスで向かい、ここから宿へはMRT（地下鉄のようなもの）で、最寄り駅まで移動しチェックイン。
宿に荷物を置き、大阪から同行のメンバー９人と夜の街に散歩に出かけ、ホテル近くのレストランで思いおもいのメニューを注文し遅い夕食をとった。ジャスミン茶がうまい。
台湾はもっと暖かいと予想していたのにうすら寒い。けれども土地柄なのかホテルには「暖房設備」はなかった。
７日、バスで宝覚寺観光のあと、13時30分「鹿港」から「濁水渓」までの約３０kmをサイクリングした。台湾海峡の広い海原を右手に見て、８８歳の竹沢代表をはじめ、CVJ（サイクルボランティア・ジャパン）のゼッケン姿も折からの追い風もあり颯爽と走った。
夕方、嘉義のホテルに着いて、豪華な台湾料理で乾杯した。
８日、日本語ペラペラのパラオ系美人（高砂族出身）のガイドの荘さんの案内で「北回帰線」を見学（夏至にはこの真上を太陽が通るんだ）のあと、台北に次ぐ第二の都市高雄へ。
15時30分四重渓からガランピ灯台（台湾最南端）まで、往復50kmをサイクリング。
私は20kmでバスに拾ってもらったが、灯台から南のバシー海峡の向こうはフィリピンだ。
９日、東海岸（太平洋側）の大武から台東まで40kmをサイクリング。
私はアップダウンもきつく25kmでギブアップ。
琵琶湖２４周のタイトルをもつ、かつてのつわものも、もうあきまへん。
途中の果物の露天屋でパイン、マンゴー、釈迦頭（シャカトウ）など、珍しい生の果物にかぶりついて乾いたノドをいやした。

＜果物の露天屋＞フルーツを味わう

台東からは全員バスで花蓮に移動し、現地の「アミ族文化村」を訪れ、17時30分から約１時間の民族舞踊をはじめとするアミ族のショーを楽しんだ後、ホテルにチェックイン。
ホテルでは「広東料理」なるものをいただき、関東からのメンバー４人を含め１３人が貸し切りの部屋で一つのテーブルを囲み、台湾最後の晩餐のひとときを楽しんだ。
１０日、花蓮空港から国内線で台北・松山空港、ここからバスで桃園国際空港に移動し、初夢の旅を無事に終え、帰阪しました。
妻共々たいへんお世話になりました。　　　　　
　（くりやま　かつきち）　枚方市在住
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		<link>http://www.cvjapan.org/w/2011/02/18/2011-1taiwan-run/</link>
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		<title>２０１１ CVJ ニューイヤーズラン(’11/1/29)</title>
		<description>1月29日、この冬最高の冷え込みとなった東京に２０名の参加者が集まり、笑顔のコミュニュケーションで、ほんのりと暖まるランが行われた。


集合場所である新橋SL広場前に颯爽と現れた「自転車のり」ことU氏。
商売道具である、築地の海苔の店「鳩屋」の大箱を背負って都心を走る、新たな広告手法？


出発前の記念撮影。
ゆっくり写真撮っているより、早く走って暖まりたい！


新橋SL広場をスタート
いつもは人でごった返す広場も、休日の朝は清々しく我々を見送っているようだ。


都心を抜けて、ウォーターフロントの高層マンション群を背景に辰巳桜橋を渡る。


本日の目玉、スフレロールケーキの切り落としをゲットすべく長蛇の列に並ぶ。３０パック限定なので列の後半の人々は残念でした。（我々は全員OKでした）


スフレロールケーキの切り落とし。羽田空港や某有名喫茶店にも卸している人気商品が4カットで破格の１５０円！メチャメチャ美味い!!


夢の島公園の冬枯れのプロムナードを行く。


首都高湾岸線と中央環状線が交差する葛西JCTの下部。
この直前に荒川湾岸橋を渡ったのだが、それが今回のツアーの最大のアップダウンであった。



荒川の河口左岸を行く。遠方に見えるのが建設中の東京港臨海大橋と、若洲公園にある発電用風車。


葛西臨海公園にて、輪行の講習会を行う。
ビギナーからの質問だけでなく、ベテランからも様々なコメントが飛び出し、人それぞれの工夫／ノウハウもシェアすることができた。


江戸川の河口付近から右岸のサイクリングロードを北上する。
とても走りやすい気持ちの良い道だ。


ここは「健康の道」として江戸川区が整備しており、新中川、江戸川から荒川の河口周辺の葛西南部地域を、サイクリングでめぐることのできるお勧めコースだ。



昼食の後、再び江戸川サイクリングロードを北上。
多摩川サイクリングロード、荒川サイクリングロードとともに東京の3大コースと並び称されるが、ここが一番通行量も歩行者も少なく、とても走りやすい。


京成金町線、柴又駅前にある「寅さん」の銅像前で記念撮影。
走り終えた充実感に皆満面の笑顔だ。


柴又帝釈天への参道を歩いて行く。
あちこちに「寅さん」ゆかりのお店がある。


ゴール地点柴又帝釈天での記念撮影。
東京の下町にありながら、意外と初めて訪れる参加者が多く、観光を楽しむことができた。

文責　瀬戸圭祐

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　　開催案内はこちら
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		<link>http://www.cvjapan.org/w/2011/02/01/newyear-run1101/</link>
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		<title>秩父紅葉プライベートラン（’10/11/23）</title>
		<description>

 
前日夜から降リ続いた雨が心配されたが、我々の到着を待つように雨が上がり、紅葉とおいしいうどんを楽しむ気持ち良いサイクリングとなった。



西武秩父駅前に集合



長瀞までの途中、橋から景色を楽しみつつ行く



雨上がりの川の上に雲が現れ、幻想的な風景



長瀞も見事な紅葉



長瀞駅から桜並木を行く
春には花見も良さそう



リーダーの気まぐれで突然のヒルクライム
まだまだ余裕の表情



トンネルを避けて、荒川を見下ろす脇道へ



本日の昼食ポイント「車沢うどん」へやっと到着



野菜天せいろ大盛り


長いサイクリングでお腹の空いたメンバー
無心に食べる



ごちそうさまでした



紅葉ポイントにて、渓流を見下ろす



秩父鉄道沿いを散策



昔ながらの駅舎

車で来たメンバーを除き、西武秩父駅から輪行。
今日の反省をしながら、「今度はここを走りたいね」などと、話を咲かす。
野郎だけの気兼ねのない、充実したサイクリングでした。

文責：竹内義晴 </description>
		<link>http://www.cvjapan.org/w/2010/12/23/chichibu2010/</link>
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